スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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なぜ今やるのか?
スタートアップにとって良いアイデアの基本概念とスタートアップのメタ原則を理解したら、次にしなければならないのは「アイデアの検証」である。
自分がやろうとしているアイデアが、自分の人生をかけてまで取り組むに値するのか、ここで判断を下したい。
スタートアップにとって最も大事な成功要因は何だろうか? OpenAI創業者のサム・アルトマン氏は言う。
「スタートアップの成功確率は、次の5つで決まる。アイデア、プロダクト、チーム、エグゼキューション(実行、実施方法)、タイミングだ」
他にも資金力など様々な要素があるだろうが、突き詰めればこの5つだ。
そして、このうち何が大事なのかと問うと、多くの人はここでお金やアイデアと答える。
しかし実は、スタートアップの成功の可否に最も大きく寄与する要因は、タイミングである。
以前に、「Why you?」(なぜあなたがそれをするのか?)が大事だと述べたが、それと同じくらい大事なのが「Why now?」(なぜ今やるのか)である。
サム・アルトマン氏は、起業家からピッチを受けるときに「なぜ2年前でもなく、2年後でもなく、今そのスタートアップを行っているのか?」と聞くという。
「Why now?」。この問いに明確に答えられないのであれば、そのアイデアは再考したほうがいいかもしれない。
図表1-3-2は、著名な投資家であるビル・グロス氏がTEDトークで語っていた内容の抜粋である。
市場は常に変化する
スタートアップ向けの情報サイト「AngelList(エンジェルリスト)」の共同創業者であるナバル・ラビカント氏はこう言っている。
「市場は常に進化している。狙う業界のエコシステムは、より少ないリソースで多くのことを達成できるようになる」。
振り返れば、2000年代初頭は、インターネット関連のスタートアップを立ち上げようとすれば、サーバー費用だけで数百万~数千万円が必要だった。開発環境を整えたり、広告を出したりするのにも、費用がかさんだ。
ところが今では、ネットビジネスをやろうと思えば、クレジットカード1枚あれば、必要なインフラ環境がすべて整う。
さらに最近では、生成AIの登場により、プロダクト開発のコストは劇的に下がった。コーディング、デザイン、コンテンツ制作といった、かつては専門家に依頼するしかなかった作業が、AIを活用することで驚くほど短時間・低コストで実現できるようになっている。
時代が進みテクノロジーが進化すると、プロダクトを作るときに必要な要素技術のコストはどんどん安くなり、市場の競争は激化してしまう。
だから、ここぞというタイミングを見つけたら、素早く動く必要がある。とはいえ、早すぎてもダメだ。
参入が早すぎて失敗した事例
Magic Leap(マジックリープ)は2019年に26億ドルの資金調達後、ARヘッドセット「Magic Leap One」を発売したが、技術・市場・エコシステムすべてが時期尚早だった。
バッテリー技術の限界により外部バッテリーパックが必要で、モバイルプロセッサの性能不足でリアルタイムAR処理が困難。視野角50度という制限も没入感を大きく損なった。空間認識やジェスチャー認識の精度も低く、直感的な操作ができなかった。一般消費者にとってAR(拡張現実)の概念自体が抽象的で、ヘッドセット型ARの具体的価値が理解されなかった。
また、2,300ドルという価格は、VRヘッドセット(400~600ドル)と比較して非現実的だった。ポケモンGO(ポケモンゴー)でスマホARは身近になったが、重いヘッドセットの必要性は感じられない。エコシステムが未整備だったり、ARアプリ開発の知見やベストプラクティスが確立されておらず、「キラーアプリ」が存在しなかった。
このように、着眼点は良くても時期尚早(Too Early)でうまくいかないこともある。タイミングの見極めは確かに難しい。早く参入しすぎてコストが高い、上記のマジックリープのようにエコシステムが出来上がっておらず、適切なものをデリバリーできない、もしくは性能が低いと誰も相手にしてくれないし、そうかといって市場が熟すまで待つと大手に勝てないし、そこから市場を席巻することはまず無理だ。
だからこそ、あなたのスタートアップのアイデアが市場にとって適切なタイミングかどうかの見極めが必要だ。
ちなみに、アメリカの学術書出版社ジョン・ワイリー&サンズの書籍『The Business of Venture Capital』によると、1983年と1985年に創業したIT(情報技術)関連のスタートアップがIPOに至った確率は、1983年が52%、1985年が18%と3倍近い違いがあったという。
方向性は同じでも、タイミングのわずかな違いで、マーケットのアップサイド(潜在的な上振れ幅)は、それだけ変わるということだ。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。





