気持ちはわかるが芋が多すぎる
授業が終わって、食事の時間。落ち込んで食が進まないりんに、みんなが気を使って、自分のお皿のお芋をりんの皿に乗せていく。ここは親切心なのは間違いないが、芋ばかり山盛りにするのもいやがらせと思えないこともない。もちろん、ここでは友情だ。
夜、直美はまた火屋(ほや)を磨きながら、自分の家族を看病するように看護していたら身がもたないとりんを諭す。職業看護はどこか割り切らないといけないようだが、なかなか割り切れない話である。
次の実習では、りんが看護、直美が患者になる。そこでりんの看護は「看護です」と先生に認められる。
患者を清潔に心地よく着替えさせることと、自分が感染しないように努めた。
「私を大事に思う人のために」
りんがそう考えられるようになったとき、お祭りでの幸せな思い出を思い浮かべていた。幸福な家族の思い出がりんに力を与えた。
「あなたたちの手は、家族の数百、数千倍の人を助ける手なんです」
「あなたが看護婦になれば、家族を失い、あなたと同じ思いをする人を減らすことができます」
ちょっといい感じの劇伴がかかって、バーンズ先生がいい話をして、りんの目はうるうるする。
これは、理屈で伝えるよりも、実感としてわからせようというバーンズ先生流の教育なのだろう。
教室の外では、校長と松井がそっと見つめている。「問題ないようですね」と校長は満足そう。
松井はなんだか頼りない先生に見えるが、校長は懐が大きそうだ。多くを語らないながら広い心を持った信頼できる人に見える。今後、校長や松井のエピソードもあるだろうか。いやでも、ここまでふたりの主人公ですら書ききれていないのだから、5人の生徒と3人の先生のことまで手が回らないのではないかという懸念も拭えない。









