◆「飛躍する組織」と「衰退する組織」の決定的な違い
悩んだら歴史に相談せよ『リーダーは日本史に学べ』の著者が、舞台を世界へ広げたリーダーは世界史に学べ。東京大学・羽田 正名誉教授の監修のもと、世界史に名を刻む35人の言葉から、現代のビジネスに必要な「決断力」「洞察力」「育成力」「人間力」「健康力」と5つの力を磨く術を解説する。

リーダーが無意識にやっている「組織を潰すNG行動」…ピョートル1世が外国人村で得た教訓Photo: Adobe Stock

ロシア近代化を成し遂げたピョートル1世

ピョートル1世(1672~1725年)は、ロシアのツァーリ(君主)であり、初代ロシア皇帝。ツァーリに即位後、勢力拡大を目指して海軍を創設するとともに、自ら大使節団の一員としてオランダやイギリスなどの海軍先進国を訪問し、造船技術最新の軍事知識を学んだ。その後、北方の大国スウェーデンとの戦争(大北方戦争)において一進一退の攻防を繰り広げたが、最終的には勝利を収める。この勝利を契機に、首都サンクトペテルブルクを建設し、ロシア皇帝としての称号が認められた。内政面では、中央集権化を目指した行政改革を行い、経済や宗教政策の改革にもとりく組むことで、ロシアの近代化を大きく進展させた。現代のロシアにおいても、ピョートル1世は歴史上の偉人として高く評価されており、尊敬される人物の一人に挙げられる。

10歳での即位と「自由時間」の始まり

ロシア帝国の近代化を強力に推し進めたピョートル1世は、わずか10歳でツァーリ(皇帝)に即位しました。しかし、当初は母親と姉が摂政として政治を担っていたため、幼いピョートル1世が実権を握っていたわけではありませんでした。

この「政治的空白期間」は、結果としてピョートル1世にとって貴重な自由時間となりました。彼はその時間を最大限に活かし、モスクワ郊外にある「外国人村」と呼ばれる地区へ足しげく通うようになります。

外国人村での異文化体験と使命感の芽生え

外国人村は、当時ロシアに滞在していた西欧出身の商人や軍人、職人たちが暮らすエリアでした。そこには、ロシアの伝統とは異なる言語や習慣、思想があふれていました。

ピョートル1世は外国人村の子どもたちと遊び、語学を学び、さらには外国人の恋人を持つなど、異文化に深く触れる経験を重ねていきます。こうした生活を通じて芽生えたのは、内向きの保守性ではなく、外の世界へ目を向ける強い好奇心と開放性でした。

当時のロシアは、文化や軍事、経済のあらゆる面において、フランスやオランダ、イギリスといった西欧諸国に大きく後れをとっていました。いわば現代の発展途上国のような立場にあったのです。そうした現実を肌で感じる中で、ピョートル1世は次第に「ロシアを欧州に並ぶ大国へと引き上げたい」という強い使命感を抱くようになります。

途上国からの脱却。それこそが、その生涯をかけたプロジェクトの原点でした。