ウクライナ軍がロシア軍から押収した作戦命令書などに基づいて作成された英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のレポートが述べるように、ロシア軍の作戦構想において何よりも重視されていたのはスピードであり、開戦から10日以内にはウクライナに対する勝利を決定的なものとして占領地域の安定化作戦に移行することが想定されていた。

 開戦当日、プーチン大統領が「戦争」ではなく「特別軍事作戦」という言葉を使ったのは、こうした作戦構想が念頭にあったからではないだろうか。

 つまり、軍隊は出動するものの激しい戦闘とはならず、ごく短期間のうちにゼレンシキー政権を崩壊させてしまえるという見込みがあったからこそ、「戦争ではない」という言い訳が立つと考えられていたのだと思われる。

 しかし、ロシア軍が意図した電撃作戦はすぐに失速した。ホストメリ空港に配置されていたウクライナ軍守備隊が頑強な抵抗を示したために空港の占拠は遅れ、後続部隊をキーウ市内に迅速に送り込むことができなかった。

 この結果、ゼレンシキー政権の排除による電撃的勝利は実現しなかった。

 また、地上から侵攻してきたロシア軍主力もキーウを包囲するにはしたが、陥落させるには至らず、結局は1カ月で撤退せざるを得なくなっている。長期に及ぶ消耗戦争への道が開かれたのは、この期間においてであったと言ってよいだろう。ロシア軍はNPVにおける破壊戦略的勝利の達成に失敗したのである。

武力で圧倒的に優位ではないと
ロシアは初めから知っていた

 ロシアがウクライナを短期で屈服させられると考えたことは、わからないではない。国土面積で見ると、ウクライナのそれは約60万平方キロメートルとロシアのわずか28分の1である。

 人口については7分の1であり、兵力は開戦前のロシア軍約90万人に対してウクライナ軍20万人弱と、およそ9分の1であった。その他、経済力から軍需産業能力に至るまで、ロシアはあらゆる指標で圧倒的な優位に立っていた。

 しかし、ウクライナの国土が60万平方キロメートル「しかない」と言っても、これは日本の1.7倍にも及ぶ広さであり、どのEU加盟国よりも大きい。

 また、ロシアが初期の侵攻作戦に投入した約15~19万人という兵力に対し、ウクライナ軍は平時から20万人弱の兵力を有し、ここにはさらに第一次ロシア・ウクライナ戦争(編集部注/2014年から始まったロシアによるウクライナへの軍事介入と、それに伴う一連の紛争)での実戦経験を持つ国家親衛軍6万人及び国境警備隊4万人が加わる。