開戦前には予備役動員も行われていたから侵攻してきたロシア軍に対するウクライナ側の兵力はかなり大きなものであった。
ウクライナがNPVにおいて敗北を避けられた大きな要因の1つは、この戦略縦深と兵力規模の大きさに求められよう。
ウクライナは世界的大国ではないかもしれないが、欧州有数の地域大国ではあった。
だが、こうした定量的指標をロシア側が(少なくともロシア軍が)事前に認識していなかったとは考えにくい。
ウクライナの国土面積はWikipediaにだって載っているし、ウクライナ軍は国防白書を毎年発行しており、開戦前までは自国の常備兵力や動員予備兵力を公開していた(なお、ウクライナは旧ソ連のNATO非加盟国の中で国防白書を毎年発行している唯一の国である)。
また、この戦争が始まった当初、ロシアはウクライナの防空網や航空作戦を完全に制圧することができなかった。
その理由としてはウクライナ軍がソ連式の非常に大規模かつ多様な地上配備型防空システム(GBAD)を保有し、なおかつ開戦直前にこれらを平時の配備地点から移動させる巧みな分散を行ったことが指摘される。
それはそうなのだが、同じソ連軍の末裔であり、2014年以前には合同演習まで行っていたロシア軍がこのことを知らなかったとは考えにくい。
つまり、ウクライナが総力を挙げてロシアの侵略に対抗してきた場合、正面切った戦闘(アレクサンドル・スヴェーチン〔編集部注/戦前のソ連における傑出した軍事理論家〕のいう武力戦線)においてロシアが圧倒的優位を獲得できないことは、最初からわかっていたはずである。
ウクライナの抵抗力は
数字だけでは計れない
それゆえに、スヴェーチンがロシア軍によるウクライナ侵攻作戦を目の当たりにしたなら、その杜撰さに激怒しただろうと米陸軍のジョナサン・クルーグは述べる。
問題は、そのような杜撰さの原因である。ロシアがウクライナの激しい抵抗を予想できなかった(していなかった)のはなぜなのだろうか?
想定される敵が「一撃」で屈服する相手であるのかどうか、つまり破壊戦略に対して脆弱な「小国」であるのかどうかを見積もるのは非常に難しいとスヴェーチンは述べている。
『現代戦争論――ロシア・ウクライナから考える世界の行方』(小泉 悠、筑摩書房)
例えば領土の広い国(地理的大国)はNPVにおける領土の喪失に耐える余地を持っているが、それだけで戦争に負けないことが保障されるわけではない。
そのような国難の中にあっても国民の抵抗意志を維持し、徒に攻勢に出て戦力を消耗しないように軍を抑えておくための「断固たる政府と強固な国内情勢」、つまり政治戦線の強靭さが求められるからである。
だが、こうした政治的抵抗力は、兵力や国土面積のように定量的に見積もることができない。敵の政治戦線は我が方の一突きによって瓦解してしまうのかもしれないし、そうでないかもしれない。ロシアがウクライナに対して破壊戦略を仕掛けるにあたり、最も不確実性が大きかったのもこの点であろう。
つまり、ロシアはウクライナの政治戦線の強靭さに関して希望的観測を抱いた結果、武力戦線でも勝利を収められなかったのではないかという見方がここからは浮上してくる。







