学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。同書より特別に一部を紹介します。取り上げるのは、男装コントのような「かぶき踊り」で京を熱狂させ、「天下一の女」と呼ばれた出雲阿国(いずものおくに)です。
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すごい:歌舞伎の元をつくった天下一の女
日本の伝統芸能「歌舞伎」の元をつくった人気女優の出雲阿国は、美貌ではなくアイデアでのしあがったスターでした。
もともと「かぶき」とは「派手」「奇抜」という意味で、当時は「かぶき者」とよばれるチャラい服装の男がモテていました。
それに目をつけた阿国は「かぶき者」の男装をし、女装の男をナンパしながら踊る「かぶき踊り」というコメディダンスを始めました。
現代でいうと、女性芸人がホストの格好でコールをしながら、女装した男性芸人を口説いて踊るショートコントのような感じです。
これがストリートで大ウケし、阿国一座は京の一等地に常設舞台を構えて「天下一の女」とよばれる人気を獲得したのです。
やばい:ライバルに踊りをパクられて都落ちする
京では「かぶき踊り」をパクって、美人の遊女たちが男装し50~60人の集団で踊る「遊女かぶき」一座がいくつも出現しました。著作権などない時代……阿国一座はうったえることもできず、京の常設舞台をたたんで地方巡業に出ました。
すると遊女かぶきの人気はますます沸騰し、観客数万人規模のライブを行うようになりました。しかしガチ恋勢が多い遊女かぶきのファンは民度が低く、ファン同士のケンカが事件になったので、江戸幕府は「風紀を乱す」として遊女かぶきを禁止しました。
その間、京にもどった阿国一座は「有名武将の幽霊と阿国がコラボする」という新しいアイデアの踊りで、再び一世を風靡したといわれています。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









