学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは、日本初の女性天皇である推古天皇です。
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すごい:女性初の天皇となり「和をもって貴しとなす」と説く
日本初の女性天皇、それが推古天皇です。欽明天皇の娘として生まれましたが、兄弟が次々と亡くなり、予期せぬまま38才で天皇になったのです。
しかし、じつは推古には政治力がありました。
甥の聖徳太子を摂政に置き、日本初の法律である「十七条の憲法」を制定します。
争いで家族を失った推古は、憲法で「和=仲よくすることがいちばん大事」という意味の「和をもって貴しとなす」を日本の基本方針としました。
さらに仏教を広め、中国へ遣隋使を派遣するなど、国の制度や外交の基礎を築きました。安定した政権を維持した推古は、74才で亡くなるまで天皇の仕事をがんばりました。
やばい:4500匹の虫を犠牲にしてキラキラの玉虫の厨子を作る
推古天皇は、当時外国から野蛮な国にだと思われていた日本をクールジャパンにするべく、先進国の中国や朝鮮で流行っている仏教を日本に取り入れました。
仏教インフルエンサーとなった推古天皇は、キラキラと虹色に輝く玉虫の厨子に仏像をおさめ、おがんでいたといわれています。「厨子」というのは仏像などを中におさめる豪華な入れ物のことです。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』)
なんとこの美しい厨子は、約4500匹もの玉虫の羽をちぎって一つ一つ貼り付けて作られたもの。仏教には「生き物を殺してはいけない」という教えがあるのですが、推古はこの教えを知らなかったのでしょうか……。
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









