不自然な力みが生じたり、「どこか自分らしくないな」と感じたとしたら、そろそろやめる時期だと思ったほうがいい。

 やめる時に最大の邪魔者になるのは、過去の自分です。

「ここまでやったんだから」という蓄積が重い足かせになっている人を、たくさん見てきました。

 しかし、それをずっと引きずって未来はあるのか?と一度考えてみたほうがいい。周りの風景はずいぶん変わってはいないだろうか?

「目標を高く持って、目標に向かって突き進め」というのは明治時代の欲を前提にした富国強兵の精神です。

 そんな目標を持たなくたって、人は目の前の幸せや楽しみのために生きていける。

 それが成熟した国に生きる、摂理ある人のあり方ではないでしょうか。

将来の計画を立てるよりも
いま夢中になれることに集中する

 伊勢丹に入り数年後、僕は先輩とケンカして会社を辞めることになりました。

 発端は、いつものように僕が思いついたことをポンポン発言したこと。

 当時、ライバル店だった三越に負けないためには、同じブランドの服を並べたってしょうがないと僕は思っていたんですよ。

 なぜなら新宿の駅からの人の流れを考えると、奥にあった伊勢丹のほうが不利でしたから。

「今のままじゃ、ダメじゃないですか?」と先輩に言ったら、カチンときたみたい。

 わけもわからない若造が一歩も引かないから揉めごとになり、身を引くことになってしまいました。

 人生は何があるかわかりません。

 せっかく入ったのに、という未練はなし。

『ぜんぶ、すてれば』書影ぜんぶ、すてれば』(中野善壽、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

 最初から自分に何ができるとも思っていないし、3年後、5年後にどうしていたいかなんて考えたこともない。

 大事なのは今日楽しく働けるかであって、自分にできそうなことがあれば一生懸命やってみる。その繰り返しだけなんです。

 将来についてはあまり具体的に描き過ぎず、ぼんやりとしているくらいがスケールの大きなことができるんじゃないですか。

 あとは日々の小さな幸せ。

 例えば、「隣の部署のあの子、かわいいなぁ。今度食事に誘ってみようかな」。

 そんな小さな楽しみを、日々のモチベーションにしていました。