スタートアップのバイブルとして名高い『起業のファイナンス』シリーズの最新刊として、『起業のコーポレート業務』が発売されました。オフィスの探し方や社会保険への加入、PR、反社対応、M&A・IPO準備など、総務・経理・労務・法務とEXITに関する全てをカバーする「スタートアップの実務大全」とも言える1冊で、スタートアップ以外の企業のコーポレート部門の人にも大いに役立つ内容となっています。
この連載では、主に同書の「コラム」を公開していきます。第10回は「スタートアップの不正会計」についてです。
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事業を儲かるものにしていくために、会計情報を「正しく」活用する文化を醸成するのは、経営陣の責務だと著者は考えています。参考文献として、歴史が好きだけど、会計については興味がない経営者の方は、『帳簿の世界史』(ジェイコブ・ソール 著、村井章子訳、文藝春秋刊、2018年)を読んでみるといいでしょう。メディチ家が中世イタリアで栄華を誇った原動力が会計である一方で、没落したのも会計を疎かにしたからといったエピソードがてんこ盛りです。
本章の最後に、会計情報を「正しく」活用せず、不正会計に手を染めてしまったスタートアップの事例を、反面教師としていくつか紹介したいと思います。上場前から不正会計が開始され、上場審査においてもそれが発見されず、上場後に発覚した2件の事例です。
事例①:エネチェンジ
エネチェンジの不正会計の主な原因は、EV充電事業における特別目的会社(SPC)の連結範囲の誤った判断と、関連する情報の不適切な開示です。
エネチェンジは2023年12月期より本格的に立ち上げたEV充電事業においてSPCを設立し、充電機器の販売や工事収益を売上として計上していました。
監査法人に会計処理に疑義があるとの通報があり、その後デジタルフォレンジック調査などにより、当初説明されていなかった代表取締役CEOの個人貸付契約などの新たな事実が判明しました。これらの新たな事実を踏まえ、監査法人はSPCをエネチェンジの連結範囲に含めるべきと判断し、エネチェンジに対し「財務諸表の重要な虚偽表示の原因となる経営者の不正があった」との見解を示しました。SPCが子会社であれば、内部取引として売上を消去すべきでしたが、そうしなかったため、売上の約3割が過大計上されていた状況にありました。
エネチェンジは2024年3月27日に外部調査委員会を設置し、2024年6月27日に調査報告書を公表、「意図的な隠蔽や虚偽報告は認められない」としつつも、CEOによる重要なSlackのやり取りの削除や、CEOからの問い合わせに対してCFOが『SPCへの貸付について(ばれない)と思います』と回答するなど、一部不適切な言動や内部統制・ガバナンスの問題があったと指摘しました。しかし、監査法人はこの報告書の内容に対し、「不正があった」との見解を維持し、両者の間で意見の相違が生じました。
最終的にエネチェンジは監査法人の指摘を受け入れ、SPCを連結範囲に含める会計処理に修正しました。これにより、2023年12月期の決算は売上高が減少し、大幅な赤字幅拡大および債務超過となりました。上場廃止は免れたものの株価は大幅に下落し、この混乱の責任を取り創業者の代表取締役CEOは辞任、監査法人も交代となりました。
出所:エネチェンジ「外部調査委員会の調査報告書の公表に関するお知らせ」
事例②:オルツ
オルツにおける不正会計の主な原因は、「AI GIJIROKU」に関連する売上の過大計上、およびこれに関連する広告宣伝費や研究開発費の不適切な計上です。
オルツは、2021年6月から2025年3月にかけて、主に販売パートナーに対して「AI GIJIROKU」のライセンスを販売していましたが、実際にはアカウント発行の実態を伴わない売上を計上していました。
過大計上された売上を回収するため、オルツは広告代理店に対し広告宣伝費、および本件研究開発業者に対し研究開発費を支払う名目で資金を支出し、これらの資金が広告代理店や研究開発業者を経由して一部の販売パートナーに支払われ、最終的に販売パートナーからオルツへ売上代金として回収されるという一連の「循環取引」スキームを実行していました。2020年12月期から2024年12月期までの期間において、売上高が約119億8百万円(なんと当該期間の売上高の約9割!)、広告宣伝費が約115億5千7百万円、研究開発費が約13億1千3百万円それぞれ過大に計上されていたと指摘されています。
こちらのスキームの設計と調整には、創業者の代表取締役CEOや取締役CFOをはじめとした経営幹部が関与しており、実態と異なる取引を隠蔽するため、VC等株主、会計監査人、主幹事証券、および東京証券取引所等に対し、事実と異なる説明や回答を行い、改竄した資料を提出していました。
オルツの社外取締役や監査役は、前任の監査法人から循環取引の疑義について取締役会にて説明を受けた際、オルツからの説明に納得し、その後、現任の監査法人による監査報告を受けて疑義が解消されたと認識していました。また、常勤監査役は前任の監査法人が監査継続困難と表明した件について、オルツの全株主に対し、提出した証憑が売上と費用に関して十分であること、および2021年12月期の監査報告書が適正である旨を報告する書面を、取締役CFOの依頼によりメールで送付しており、内部統制やガバナンスが機能不全に陥っていたと評価されています。
一時期200億円超あった時価総額は1/100となり、創業者の代表取締役CEOはその責任を取り辞任、2025年8月31日付で東証グロース市場を上場廃止となりました。
株主代表訴訟が進行しているほか、循環取引を経営陣が取引先に持ちかけた疑いがあるとして、東京地検特捜部は金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で同社取締役CEO・CFO含め4名を逮捕しました。
出所:オルツ「第三者委員会の調査報告書(公表版)公表に関するお知らせ」
両事例とも外部調査委員会による調査報告書が公表されており、一読する価値はあります。共通するのは「経営陣の誠実性の欠如」で、悪意を持ってスキームなどを工夫されたため内部統制やガバナンスが有効に働かず、上場審査を突破してしまったということです。
また、オルツの事例では、売上拡大と上場への強い志向が不正の動機として明記されていますが、エネチェンジの事例でも、新しい事業を本格的に立ち上げ、その事業での売上を計上していたという背景から、事業成長の加速や投資家へのアピールといった目的が、不正な会計処理につながった可能性は考えられます。
時間的制約の中で爆速成長を求められるスタートアップ経営者が、結果を出そうとしてダークサイドに堕ちてしまったケースと言えます。投資家の資金が経済犯罪に利用されてしまうような事態にならないように、VC含めた投資家ができることとしては、
・投資前に創業者や経営者のバックグラウンドチェックをしっかり行い、変な噂がないか確認する
・初期から投資していても、「10年経てば人も変わる」ので、投資先を信じながらも、モニタリングはしっかり行う
といったところでしょうか。
両事例に限らず、スタートアップの不正会計は定期的に発生しているので、読者の皆様も「所属先で不正会計が行われていることを知ってしまった」ということも起こりえます。
著者は組織と個人で不正に手を染めている場合では対処は異なると考えています。前者ならなかなか修正は難しく、加担してしまうおそれもあるので、キャリアへのダメージを最小限に留めるためにサッサと辞めてしまうことも選択肢のひとつです。



