でも、歳をとったらその価値観から自由になり、「○○になりたい」という名詞形の「なりたい自分」よりも、どうあるかという「HOW」の意味合いでの「こうありたい自分」のイメージをもちたいものです。
歳をとることで
得られる大きな特権
たとえば、歳をとってから、「作家になりたい」と思い立つ人もいると思います。そこで文学賞をねらっても、現実にはなかなか厳しいでしょう。賞は人間が審査して選ぶものである以上、審査員の年代が自分より下になるほど世代的な感性の差も大きくなり、選ばれるのは難しくなるからです。
でも、読む人におもしろいと思われるものを書くことは、何歳でも可能です。これからねらうなら、そちらのほうがずっと価値があるのではないでしょうか。いまなら、紙の本にこだわらなくても、ネット上で作品を発表し、それが話題になっていくケースも多くあります。
私も、「この歳にならなければこの考え方はできない」と感じさせるものを書きたい、そういうものが書ける人間でありたいと思っています。
世俗の価値観にとらわれたくないと思っていても、若いうちはそうならざるをえなかったという人もいるでしょう。会社で働いていれば、そのなかで上をめざそうと考えるのは必然でもあり、そのために上司の目や周りからの評価も気にしなくてはなりません。
そのしがらみから解放されて、自分の好きなことができる。本当に「こうありたい」と思える自分を追い求められる。それこそが、歳をとることで得られる大きな特権だと思います。
実際、歳をとると肩書が立派な人より、生き方や話していることが魅力的な人のほうが、はるかに人を惹きつけます。
そういうものが必ずしも「こうありたい」自分とはかぎりませんが、「こうありたい」自分を探してみることも歳をとってからの時間の使い方かもしれません。
70代80代の理想像は
洒脱なおもしろい老人
文豪の永井荷風は、耽美的な作品を残す一方で、私娼街に入り浸る生涯を送り、“不良老人の元祖”とも呼ばれている人です。







