私が洒脱な老人だと思うのは、世俗の価値観に縛られることなく飄々としている人です。具体的なイメージとしては、タレントの高田純次さんです。
この高田さんが、毎日放送「情熱大陸」(2015年7月放送)でこんなことを話していました。
「歳とってやっちゃいけないことは『説教』と『昔話』と『自慢話』」
けだし名言というべきです。
現在、79歳の高田さんは、「適当」「いいかげん」の代名詞的な存在ですが、あのような生き方ができればメンタルヘルスの面でも理想的です。「常識老人をめざすよりも、高田純次キャラをめざせ」と、私はことあるごとに言っています。
「かくあるべし思考」を捨て
慕われる老人になる
嫌われる老人の代表例が、説教くさい老人です。認知療法という心の治療法で、治療対象となる思考パターンの1つが「かくあるべし思考」です。
本来、世の中は「かくあるべし」どおりにいかないことを、いちばんよく知っているのが高齢者のはずです。
「かくあるべし」どおりにしなかった人が案外うまくいっているとか、反対に「かくあるべし」に縛られていた人が、追いつめられてうつ病になったというケースなどを精神科医として多数見てきていると思います。
世俗の価値観から離れるというのは、「かくあるべし思考」から脱却するということでもあります。
品格のある老人とは、説教老人や道徳老人とは違います。医師の世界にも、「かくあるべし」を説きがちな、教え魔のような医師がいる一方で、飄々としているのに、その先生がいるだけで周りが影響を受ける医師もいます。そして、圧倒的に格好よく、圧倒的に評価が高いのは後者です。
『老いの品格 品よく、賢く、おもしろく』(和田秀樹、PHP研究所)
説教しなくても周囲の人から慕われ、自然に真似される人。その姿を見た人に「あんなふうに生きたい」と思わせる人になるのが理想です。
私もいつかそうなれたらと思っています。ただ、これまでそんなことはなかったのに、60代になったいま、東大の医学部を出た若い医師などから、「大学の医局に縛られず、やりたいことをしている和田先生のようになりたい」という声がぼちぼち聞かれるようになりました。
それは素直にうれしいことだと思っています。







