現在ですら、まとまった現金を銀行の窓口に持っていけば、マネーロンダリングを疑われて資金源泉についての確認を求められることもあります。20年後には、銀行から「危ないヤツ」に認定されるかもしれません。

 それどころか、コンビニを含めたまともな店舗であればあるほど、現金での高額取引を持ちかけられた瞬間に「敬遠される」未来すら現実味を帯びています。すでに海外では高額紙幣で支払おうとすると嫌がられる国もあります。

タンス預金に励むのは
資産防衛を誤解した「残念な人」である

 要するに、新札が発行されたからといって、現金の寿命が延びたわけでは決してありません。むしろ、今回の渋沢栄一の1万円札が、「日本の歴史上、最後の紙の1万円札」になる可能性もゼロではないのです。

 今後、千円以下レベルの手元現金は残るかもしれませんが、「紙で資産を守る時代」は終焉に向かうでしょう。

 20年後、大量の現金を家に隠し持っている人は、周囲から「賢い人」と思われるどころか、その逆です。インフレで目減りするリスクに気づかず、利便性も捨て、犯罪リスクに怯えながら自宅に現金を抱え込み続ける「残念な人」です。

 社会のインフラがこれだけデジタルへ進化しているのに、そこからあえて降り、古い時代の安心感にしがみつく。これは「資産防衛」ではないですよね。

 もちろん、災害時の備えや緊急用として、生活防衛資金を一定額プールしておくことは極めて合理的です。しかし、それはあくまで「非常食」の備蓄と同じ話であって、資産運用の主役にはなり得ません。

 タンス預金は、かつて昭和の時代には「庶民の知恵」だったのかもしれません。

 しかし、令和のこれからは違います。インフレに削られ、電子化に置いていかれ、デジタル通貨の波に取り残されて使い勝手が悪くなる。

 それでもなお、頑なに大量の現金を家に置き続けるのだとしたら――それは「慎重」なのではありません。単なる「思考停止」ではないでしょうか。