しかし、お母さんからの返事はなく、また硬い表情のままソファへ腰かけました。私たちが布団の周りで静かに作業の場所を整えている間も、お母さんの視線は、天井と組んだ自分の両手の間を往復していました。何か言いたいことがあるかもしれない。納棺式が始まったらその言いたいことが言えるといいなと思いながら、お布団を捲ろうとした時、お母さんが「触らないで!」と大きな声を出しました。ビクッと体が反応した後、私も葬儀担当者も動きが止まりました。

お母さんの悲しみが
痛いほど伝わってくる

 その声が聞こえたらしいお父さんも、慌てて部屋に戻ってお母さんの傍に駆け寄ります。

 ドキドキと鳴る心臓とは裏腹に静かな部屋の中で、もう一度、お母さんの「触らないでください」の小さな声がはっきり聞こえました。

 触らない選択が私にあるのか?という疑問が頭の中に浮かびます。それと同時にたくさんの亡くなった人に触れてきたことが頭を駆け巡り、もしかするとその中にも触ってほしくなかった人もいたのかもしれないと急に悲しい気持ちになりました。

 もともと感情が揺れ動くタイプの私。仕事中は意識して自分の感情をもう一人の私で感じるようにしています。「触れちゃダメって言われたら何もできないよね。だから悲しい気持ちになってるんだね」。もう一人の自分が俯瞰で話しかけてくると少し冷静になります。これはこの場所ではいらない感情と思い直し、もう一度お母さんへと目をむけます。

 お母さんは何度か大きく息を吸ったり吐いたりした後、心配するお父さんに話します。

「病院であんなに頑張ったんだから、もうだれにも触れられたくない」

「りっちゃんが着替えたいって言ったら、りっちゃんの好きなものを着せてあげる」

「りっちゃんがやってほしいことを言ってくれたら、全部やってあげたいけど、今は何も言ってくれない」

 涙を流しているわけでも、取り乱しているわけでもありません。それなのにお母さんの悲しい気持ちが、今日会ったばかりの私にも伝わってきます。