納棺師の自分がした
遺体に「触らない宣言」

 少しの沈黙の後、この日初めてお母さんと目が合いました。

 安心してもらうためにはこれしかないだろうなと思い、口をついて出た言葉は、

「お母さん、私、触らないのでお布団かけ直していただけますか?」

 触らない宣言をしちゃいました。納棺師としてお仕事しに来ているのにどうしよう!ともう一人の私が戸惑っています。

 お母さんが一度、お父さんの顔を見ました。そしてお父さんに促されながら一緒にりっちゃんのお布団の前に座りました。すこしだけ怒りと緊張のオーラが形を変えたような気がしました。

 お父さんが優しく布団を直し、ポンポンと胸のあたりを撫でています。

「頑張ったね」

 そんなお父さんの言葉に涙が溢れ出したお母さんの声が続きます。

「りっちゃんの声がききたいよ」

「しんどかったでも、辛かったでもいいから、ママに教えてよ」

 まるでせき止めていた言葉が溢れてくるみたいに止まりません。

 担当者さんに肩を叩かれ、それが「この場を離れよう」のサインだとすぐに気づきました。

 私たちが廊下に出た後も家族の会話は続いていました。りっちゃんへの言葉と泣き声が小さく聞こえてくる廊下で、担当者さんが小声で言いました。

「もし、体の変化があったらまた連絡するね」

「触らない宣言しちゃってすいません」

 と私が言うと、

「あれが正解」

 と笑ってくれました。

両親は指を震わせながら
頬にクリームを塗る

 はじめは途切れることなく聞こえていたりっちゃんへの言葉も、少しずつ間が開いたころ、部屋に戻ります。

 部屋に戻った私たちに「ありがとうございました」とお母さんが声をかけてくれました。

 心の中で「何にもしてないんだけどな」と思いながら会釈で答えました。

 お布団を挟んで正面にすわると、ご両親の顔もさっきとは違って見えました。その顔を見ると私にも少し勇気が湧いてきて、

「お顔とお体の保湿をしてもらいたいのですが、お父さん、お母さんにお願いしてもいいですか」

 と提案することができました。