お父さんは「はい」と言うとお母さんを見ました。「お願いします」というお母さんの答えにホッとして、メイクボックスから保湿クリームを出します。さっきまでお互い目を合わさないなぁと思っていたお父さんとお母さんが、今は何度もお互いを見て気遣っています。
「まずはお顔からお願いします」とクリームを出すとご両親は指でクリームをすくい、ぷっくりとしたほっぺたにゆっくりと触れます。お母さんの指は震えていました。
「冷たい」
そう言うと手を離し、リビングにあったティッシュで涙を拭います。
その間もお父さんは、その大きな手には不釣り合いなほど優しく、しずかに円を描くように保湿クリームをつけていきます。
その後しばらくは涙を拭きながら見ていたお母さんも加わり、顔、手足に時間をかけてクリームを塗っていました。
今日はこれだけでいい。着せ替えする時間も、化粧する時間もいらないのだから。
祈りのように見えた
静かな手の動きや声
クリームを塗りながら「気持ちいいね」と声をかけたり、腕に残った注射の痕を見て「痛かったね」「頑張ったね」と涙を流したり、「りっちゃんのママで幸せ」「ありがとう」と何度も声をかけています。しかし、声を聞かせてほしいというお母さんの願いはかないません。その言葉に返ってくる声はないのです。
何度も繰り返される静かな手の動きや声掛けが、私には祈りのように見えました。もう苦しまないように。この子のいる場所が幸せな場所でありますように。この子が人生を幸せだったと思えますように。
納棺式の最後には棺の中にお体を移す時間がきます。お母さんとお父さんに、
「これからお体を移動する際に、りっちゃんの体に触れてもいいですか」
と聞くと、
「お願いします」
と微笑んでくれました。
「大丈夫だよ」「怖くないよ」とりっちゃんに声をかけるお父さんとお母さんの言葉を、りっちゃんがそのまま二人に返しているような気がします。
『いつもの場所に今もあなたがいるようで』(大森あきこ、新潮社)
さっきまでの私は不安でした。納棺師としての私ができることは、ほんのわずかでした。仕事を放棄してしまっているのではないかとも思います。それでも、あの時間の静けさを守るために、「触らない」という選択ができてよかったと今は思っています。
お別れの時間は、一人ひとり違います。涙で始まる人もいれば、沈黙で故人に語りかける人もいる。ただ、たしかに言えることがひとつあります。私たち納棺師が呼ばれるのは、ご遺族が安心して旅立ちを見送るための、そして亡くなった方が最後まで「その人らしく」いられるためのスキルや技術を持っているからです。
最近、葬儀ではいろんなことが省略されたり、スタッフが遺族の代行を求められることがあります。けれど、もっとも大切なのは、ご遺族自身の手で、大切な人を送る時間を持つこと。それを、私はあのご家族から教えてもらいました。







