私の心配は全くの無駄でした。闘病中も、1週間に一度は髪の毛を剃っていたそうなので、時間がかからないのも傷をつけることがないのも当たり前です。危なかったぁ、私は娘さんたちの一番したかったことを危なくスルーするところでした。

「髪を梳かしてあげたい」
叶えられなかった夫の思い

 決められた時間の中で仕事をしていると、こういう葛藤が時々あります。そして、あの時、私は遺族の想いを叶えるための努力をちゃんとしていたのか?を問い続けることもあります。

 水難事故で亡くなった女性は発見が遅れ、状態が悪く、濡れた髪の毛を乾かそうとするだけでどんどん抜けてしまいます。渡された生前のお写真を見ると、着物姿で髪の毛が艶々とされていました。ご主人が、いつも使っていた櫛を持ってきて「髪を梳かしてあげたい」と言う要望に、今の状態を説明しました。結局、髪の毛やお顔はお花で隠しただけで、触れることはできませんでした。

 今でももっと何かできることがあったような気がします。

 最近は高齢者であっても美容に気を付けている方がたくさんいらっしゃいます。

 最後まで自分らしくありたいと思っていても叶わないこともあります。

 だけど「こうありたい」という生き方を歩んでいると、送る側にも同じように「こう送ってあげたい」というイメージが自然に伝わっていることもあります。

「ウィッグは外さないで」
母思いの少女の願い

 病気の治療のために髪の毛が抜けてしまい、ウィッグをつけてほしいと遺族から言われることがあります。

 普段からウィッグをつけていた方は、特に女性の場合、家族にさえウィッグをとった姿を見せたくないという方もいらっしゃると聞きます。

 50代の女性の納棺式でも、娘さんから、絶対母のウィッグは外さないでほしい、との要望がありました。棺へと移動する際にずれるかもしれないことをお伝えすると、まず棺に移動し髪を整えてから、皆さんと納棺式を行う選択をしました。お母さんの髪が気になってそばを離れたくない娘さん。普段は別室でお待ちいただく口や鼻への処置も、そばにいてもらいながら行いました。

「ウィッグを外しているところを見られるのを、母は私でもすごく嫌がっていたから……」

「誰も触れないように最後まで私がお母さんのこと見ていてあげたくて……」

『いつもの場所に今もあなたがいるようで』書影いつもの場所に今もあなたがいるようで』(大森あきこ、新潮社)

 自分がしていることが迷惑になるのではと心配しながら、まるで言い訳でもするように話をします。娘さんはまだ高校生になったばっかりで、なんだか幼く見える姿とは反対に、その言葉には強い意志がありました。後に葬儀の担当者さんが、あの子、火葬までしっかりお母さんの姿を守ってたよ、と教えてくれました。

 納棺式で、どんな髪型をしていましたか?という問いに、遺族は亡くなった方の姿を思い出します。女性でも男性でも、髪の量にかかわらず、いや少ない髪ならなおのことこだわりがあって、分け目も分ける方向もちゃんと決まっていたりします。

 闘病で寝ていると、どうしてもおでこ全開オールバックになる方が多いのですが、髪は女の命なんて言葉があるぐらいですから、前髪をおろしていつものように決まった方向へ髪を流すとぐっと生前のお顔に近づきます。

 遺族の心の中の姿や亡くなった方本人の希望の姿に近づけるために、髪型にはとても重要な役割があると思います。