いずれにしろ、砂漠を支配する野卑なアラブの武力に知恵だけで対峙する女性が象徴していたのは、都市のペルシア文明そのものだった。ラブストーリーの結末は文明の野蛮に対する勝利を意味している。

 アラブとペルシアの両者が合体し壮麗なイスラム文明を生んだ。事実、アラビアン・ナイトはシェラザードにペルシア起源やインド起源のストーリーを数多く語らせている。

征服者にもまれて生きてきた
京都人とイラン人の処世術

 京都の人はなかなか本音を吐かないと言われている。京都人の発言を額面通りに受け取ってはいけない、とされる。かつては朝廷の権力の中心だったが、その後は京都に上って来た数多くの田舎者の「天下人」の下で生き抜いてきた人々の知恵なのだろうか。

 同じようにイランという国も、文明の十字路にあって、何度も大帝国を築いた輝かしい歴史を誇っている。しかし、国力が衰退した際には、アラブ人、モンゴル人、トルコ系の人々など周辺の「野蛮人」からの侵略を経験してきた。また近代に入ってからは、ロシア、イギリス、アメリカの帝国主義の犠牲となってきた。特にアメリカとは深い因縁がある。

 北から南下してくるロシアと、南から北上してくるイギリスの圧力の板挟みに苦しんだイランは、遠隔の善意の大国アメリカにすがった。しかし、アメリカはイギリスと共謀してイランで民主的に選ばれた政権をクーデターで倒した。1953年のことだった。

 1979年のイラン革命まで強い影響力を、ある意味では強過ぎる影響力を、ワシントンはこの国に対して行使した。そして、アメリカはイランの革命体制を倒すために、フセインのイラクをけしかけてイラン・イラク戦争を開始させた。8年にわたる戦争で多くのイラン人が殉教した。これが、イラン人の対アメリカ認識である。裏切られ続けてきたとの歴史観だ。

 京都は日本列島の都だが、ペルシアはユーラシア大陸の都だ――少なくともイラン人の感性では。十字路ゆえに四方八方からの脅威にさらされてきたわけだ。

 その経験のせいなのか、イラン人の言葉使いも、なかなか一筋縄ではいかない。イエスなのかノーなのか、慎重な見極めが必要な場合がある。たとえば食べ物をすすめられると、多くの場合イラン人は、まず辞退する。そこで食べないと思ってはならない。二、三度すすめるのが礼儀である。そうすると、やっと食べてもらえる、ということになっている。イラン人は京都人と似ている。

ハメネイの「賢明ではない」は
イエスの意味だった

 それを言うと、どちらにも嫌われそうだ。いわばイランというのはユーラシア規模の「超」京都人の国だ。イランのハメネイ最高指導者(当時)は、アメリカとの交渉は「賢明ではない」と2025年2月初旬の演説で語った。

 これでアメリカとイランは交渉できなくなったし、しないだろうというのが、一部識者の見方であった。他方、いや、ハメネイ最高指導者の発言は、もっと柔軟に解釈できるし、すべきであるとの見方もあった。「交渉は難しいし、経験から踏まえると、芳しい結果に終わるとは限らない。しかし、大統領や外務大臣が交渉したいのなら、すればよい。しかし警告はしたのだから、失敗した時の責任は負わないよ!」というのが真意だとの解釈である。つまり、交渉にOKを出したわけだ。

 どちらだろうか。最高指導者の言葉の解釈に議論があった。結果から見ると、交渉が始まった。ハメネイの言葉をイラン政府は「イエス」と解釈したわけだ。