知華が呼んでいる気がする…辺野古ボート事故遺族が「最期の場所」で目にした光景【手記全文】転覆現場を望める場所にて 写真は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」より 

沖縄県辺野古沖で小型船が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校の生徒と船長が死亡した。国土交通省と内閣府は、死亡した金井創船長(71)を海上運送法違反の疑いで刑事告発した(5月22日)。亡くなった高校2年生の武石知華さん(17)の遺族は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」というnoteで情報発信を続けている。遺族の許可を得て、全文を転載する。(ダイヤモンド・ライフ編集部)

事故後からの流れ 3月18日
2026年4月15日 19:35

 事故後3日目の内容を時系列で記します。内容は、学校、ツアー会社、海上保安部、ホテル関係者、キャンプ・シュワブに対し、大きな誤りがないことを確認済みです。

 調査や捜査に影響を与える可能性のある内容は省いております。

 内容は主に、長女のメモをベースにしています。

 時刻表記はおおよそのものです。

 移動手段やホテルについては、記述がないものは全額学校負担でツアー会社手配のものとなっています。

 報道機関の方々へ:Noteで私が投稿するすべての文面や写真については、報道や記事において、自由に利用いただいて問題ありません。

06:13
 連日、食事も喉を通らず眠れなかった妻は、「知華の最期の場所を見なければいけない」とずっと口にしていた。18日明け方、まだ行けていなかった辺野古漁港に一人で向かうことを決意。知華がボートに乗る直前、バスに置いていったと思われるパーカーと帽子を着用し、「メディアに囲まれずに行けるのは今しかない」「知華が呼んでいる気がする」と、寝ている私と長女を起こさないようそっとホテルを出た。移動手段:タクシー(自費)

06:20
 タクシーに乗車。事情を説明すると、ニュースを知っていた運転手さんは協力を約束し、温かい言葉をかけ続けてくれた。沖縄の方の温かさに触れ、妻は涙が止まらなかった。

07:00
 私が妻の不在に気づき、位置情報で確認して連絡を入れる。声と話の内容から安全と判断し、見守ることにした。

07:46 辺野古漁港に到着
 妻もタクシーの運転手も、平和丸が今どこにあるか分からない中、漁港に着いて車が止まると、目の前に平和丸が置かれていた。規制線もなく、献花もなく、そこに置かれていた。

 この時は、転覆時に知華がどこに座っていたか、救助された時にどこにいたのか、まだわからなかった。