早朝とはいえ漁業関係の方はおり、人目を憚りながら船のへりに片手を添えて知華の名前を呼び、迎えに来たことを伝えながら、後に確認できるよう写真と動画を残した。

 https://youtube.com/shorts/_-peR02BDk4

07:57
 転覆現場が港から見えるか確かめるため、船着場の奥へと歩く。小高い防波堤を進んだ先に階段があり、登ると神社があった。手を合わせ「知華を連れて帰ります」と拝み、タクシーへ戻る。

 ニュースやSNSで見ていた現場は、辺野古漁港から想像をはるかに超えて遠く、目で確認できる距離では全くなかった。

08:10
 報道関係者らしき車が2台到着したのを見て、小走りでタクシーに乗り込む。

08:22
 現場にもっと近い海岸に出られないかと運転手に頼んで走り出したが、どこも工事車両入り口となっており、それ以上進めばかえって現場から離れてしまうと告げられ、Uターン。

08:30
 工事車両搬入口の警備監督の方に直接交渉するも、「私からの依頼では権限もなく何日もかかる。米軍のビジターセンターに直接依頼する方が早いと思いますよ。」と教えられる。

08:40 キャンプ・シュワブのビジターセンターへ移動。

08:50 ビジターセンターにて交渉
 事情を説明し、転覆現場に最も近い場所への立ち入りを直接交渉。10分ほど待ったあと、上層部に確認し、後で連絡をくれる運びとなった。今回の滞在でここに来れるのは、今日の午後15時以降しかなさそうであることも伝える。交渉への感謝を伝え、ホテルに戻ることとする。

09:10
 妻がタクシーでホテルに帰る途中、海上保安部から私宛に電話が入る。妻が現在辺野古にいることを私が知っているかどうかの確認。おそらく米軍から海上保安庁に照会があったと思われる。すでに辺野古を離れ、ホテルに戻る途中だと伝えると、辺野古漁港は報道関係者が多いことを伝えられた。

10:10 妻、ホテルに戻る。

10:20 学校側との面談
 教頭先生に加え、前日深夜に那覇に到着した校長先生・学年主任、学校法人同志社法人事務部長とホテルで面談。校長先生らは前日17日に記者会見を終え、空港で帰りの生徒を出迎えた後、深夜に那覇に到着していた。

 事故経緯の説明と謝罪を受ける。