そんなある日、チェコの美術館の館長やキュレイター、大使館の人とアトリエで展覧会の打ち合わせをしている時、突然ヨーコさんがやって来た。シルクハットにサングラスの鼻眼鏡、見なれたあのスタイルで。その時のチェコの人達の驚き方は、まるで立ったまま凍結してしまっているかのようだった。

 まさかのまさか、世界の超有名人が現われたものだから、彼等は言葉を失ったままだった。翌日、チェコ大使館から、「こんなスーパースターと友人のヨコオなら、問題なくチェコでの個展はOK!」というおかしな理由で話がすんなり。

コンビニ感覚でニューヨークに来る!?
揺るがないヨーコとの友情

 ヨーコさんが何回アトリエに来たかは憶えていないけれど、とにかく来日の度に遊びに来てくれるのは僕の楽しみのひとつになっていた。

 ヨーコさんが最後に来たのはコロナ禍の寸前だったと思うが、突然ニューヨークから電話があって、「横尾さん、ニューヨークに来ない?」と。

「体調がもうひとつだからヨーコさんがこっちにおいでよ」と答えると、数日後また電話があった。「あなたが来ない、と言うから来たわよ」とまるでコンビニに行くような感じで、その衝動的な行動に僕は腰を抜かすほど驚いた。

書影『運命まかせ』(横尾忠則、新潮社)『運命まかせ』(横尾忠則、新潮社)

 そして次の日は京都、さらにその2日後にロスアンジェルスから電話。彼女の神出鬼没の行動には、あきれて、言葉もない。こういう友人がいつも近くにいてくれれば、どんなに刺激になって、どんどん絵が描けていくんだろうなあと、いつも、遠いニューヨークに想いをはせて、もう一度ニューヨークに行きたいと思うのだが、中々身体が思い通りに動いてくれない。

 そんなグチをこぼすとヨーコさんには「だって、私は車椅子に乗ってまで日本に行ったじゃない!」と叱られそうな気がする。

 ジャスパー・ジョーンズからは作品もいただいているけれど、彼の最大のプレゼントはなんと言ってもヨーコさんとジョン・レノンを紹介してくれたことであった。

 永遠の友、ヨーコ・オノ&ジョン・レノンには向こうに逝くまでにもう一度会いたい。