眠る私服男性写真はイメージです Photo:PIXTA

文字を手書きすることに強い困難がある「書き障害」をもつ作家・朝野幸一氏。朝野氏は、小学生の頃から、自分に合った学び方や環境を模索してきた。集団のペースに合わせることが難しく、“やる意味”を見いだせないと動けない。そんな自身の特性と向き合いながら、オンライン授業や家庭教師など、自分に合う中学受験の方法を探していったという。14歳の当事者が語る、“学び方”の模索の日々。※本稿は、作家の朝野幸一『14歳、字を書けない私が「書く」喜びを手にするまで』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

勉強しない息子(私)に
母はどう向き合ったか

 私は極めて自由な生活を送っていた。授業には出席せず、気分が乗らなければ休み、学校にいる間もほとんど本を読んだり工作をしたりしているだけだった。当然、学習範囲を習得しているわけでなく、自らの興味の赴くことのみを探求していた。しかし、そんなことでは何かと困る。言わずとも察しの良い読者のみなさんならおわかりだと思うが、「そんなことでは将来困る」のである。だから私の母はどうにかして私を勉強させる必要に迫られていた。

 しかし、私はもっともな理由がない限り動かない面倒くさい人間だった。いや、今でもそうだが、するメリットがないと必死には行動しない人間なのである。つまり、誰かが私を本気にさせるには、それなりの理由か、報酬か、もしくはもっともらしくそれらがあると錯覚させる必要がある。

 なので、私を扱うためには極めて説得力のあるシナリオが必要になる。都合の良いことに、私は疑い深い方ではない。一度納得させられれば、あまり人を疑わない(結局、単に人を疑うと疲れるからなのだが)。そして母は思い当たったのである。今は小学5年生の春だ。そして、2年後には中学受験がある、と。

 つまり母は「もっともらしい理由」を見つけ出したのだ。