ところが、デジタルの時代になると、一つのチップに機能が集約され、どの海外メーカーであろうとも、日本のお家芸と言われた精緻な製品とほぼ同じものを、安く市場に提供できるようになった。これにより、大量生産の場は、人件費や土地が安い中国に奪われていった。

 そして、デジタル技術とインターネットによるネットワークビジネスは、単純に製品を提供する会社とそれを買う消費者という関係を根本から変えてしまう。ネットワークの時代は、何度も消費者からアクセスさせること、つまり製品と消費者との関係が双方向になることを理解し、そうしたビジネスモデルを作った企業が成功した。

 だから、出井は「デジタル・ドリーム・キッズ」で、これから大量生産・大量消費の時代は終わる、ソニーもデジタルの時代に価値を作っていかなければ、生存できなくなると宣言したのだ。

「製造業神話」を否定した出井に
批判が殺到した理由

 冨山の解説は明快だ。

「今までのアナログ時代の付加価値では食べていけない。だって、付加価値は全部、デジタルに移っちゃったんだから」

 しかし、時代のゲームチェンジャーだった出井の掲げた“スローガン”には批判が集中した。

「出井では第2のウォークマンを作れない」

「出井が製造現場をダメにした」

「文系の出井だから、ソニーはダメになった」

 こうした罵詈雑言が、出井に向けられた時期があった。

 冨山は、こうした出井批判を次のように一蹴してみせた。

「第2のウォークマンが生まれなかった?第2のトリニトロンを誕生させられなかった?当たり前ですよ、誰がやったって第2のウォークマンも第2のトリニトロンも誕生させられやしなかったですよ。出井さんだけじゃないですよ。他のメーカーだってそうでしょ。だって、付加価値の源泉がデジタルやソフトウェアに移っちゃっているんですから。お客さんは皆そっちにお金を払うようになっちゃってんだから。第2のウォークマンだって、第2のトリニトロンだって、出てくるわけないんですよ」

 しかし、当時の産業界やマスメディアなどは、そうは考えなかった。日本の製造業は、もっと画期的な、もっと発明的な商品を出せば、復活して再び世界を席巻できると信じていた。“製造業神話”が根強い日本の製造現場では、こうした声が少なくなかった。経済メディアもそれを後押ししていた。

 ところが、出井は違った。

「“製造業神話”はもう捨てよう。“製造業神話”にしがみつくのはもうやめよう」そう言い続けた。デジタルの時代の価値を見つけ、その価値を作り出し、それを売る会社にソニーはなろうと。