数百兆円とも言われる不良債権の山に日本経済は縛られ、金融業界では山一證券、日本長期信用銀行といった大型破綻が、無間地獄のように連鎖的に起きた。護送船団方式と呼ばれた日本の金融システムは、ここで終わりを告げた。

 その光景を眺めながら、冨山は、これはバブル崩壊という現象ではなく、戦後復興を支えた「昭和の成功モデルの終焉」と捉えた。昭和モデルの終焉が起きたのは、金融界だけではなかった。日本の“製造業神話”を生み出した製造業にもその波がやってきていた。

「あの当時、いくら私が“ゲームは変わる”“新しいプレーヤーたちの時代になっていく”“日本もデジタルシフトしないといけない”と訴えても、30代半ばの小僧で、誰も相手にしてくれなかった。ところが、その小僧と同じ視線を持っていた人がいた。しかも、その人は世界のソニーの社長なんですから、嬉しかったし、とても勇気づけられもしました」

バブル崩壊後の不良債権の山は
「昭和型製造業」の限界を示していた

 1997年に1冊の本が上梓される。米国の経営コンサルタント、クレイトン・クリステンセンが書き下ろした『イノベーションのジレンマ』という書籍だ。筆者はハーバード・ビジネス・スクールなどで教鞭をとった経営学者である。

 そこにはこう書かれている。

 ゲームチェンジを起こすような破壊的なイノベーションはスタートアップ企業から誕生するケースが圧倒的だ。なぜなら、その業界に君臨し、確固たる地位を築いている大手企業ほど、成功体験に固執してしまい、変化ができないからである。これが「イノベーションのジレンマ」で、著者のクリステンセンはその代表的な例として、世界的に圧倒的なシェアを持っていたカメラのフィルムメーカーの“巨人”、米「コダック」を挙げている。

 1881年創業という歴史ある名門企業「コダック」は、1975年にデジタルカメラを開発しておきながら、最終的にはフィルムの高画質化に執着する余りに、デジタル化の波に乗り遅れてしまう。100年を超える歴史を持つ世界企業コダックは、名門がゆえに、トップシェアを持っていたがゆえに、ゲームチェンジできず2012年に経営破綻する。