他者とは読書のレベルで言えば、著者や様々な登場人物です。

 著者や登場人物は本の中で、日頃モヤモヤしていた私たちの考えや感情を代弁してくれたり、クリアに表現してくれたりします。

「私の言いたかったことはこれだ!」とはたと膝を打つ経験です。表現し難い自分の思考や感情を、言語能力に優れた著者がよくぞ言語化、物語化してくれたという思い。

60代以降は読書を通じて
「ずれ」と付き合ってみよう

 こういうとき、人は「自分の考えや感情は自分1人の経験でなかったのだ、これでいいんだ」という安堵とともに、偉大な先人たちとのつながりを感じます。優れた他者から認められたという思いが生まれます。それで人は生きる力を得て一歩先に進めることができるのです。

 著者の考えに添い、つながりを保ちつつ、著者との共感ポイントを探す姿勢で本を読み進んでください。

「馬には乗ってみよ、人には添ってみよ」ということわざがあるように、まずは書物と著者に「添って、つながって」みることです。

 若いときは、共感できる著者が見つかったら、その著者の全作品を読破する勢いがあってもいい。

 小林秀雄も、気に入った1人の作家の全集を手紙や日記を含め隅から隅までとにかく徹底的に読めと発破をかけています。

 60代以降は、自分の考え方を柔軟にするために、他者である著者の思考に添うのがトレーニングになります。

 著者も含めて他者とは本源的に自分にとって「異物」であり、違和感の発生源です。どんなに親しい肉親でも恋人でも本来的には異物なのです。

 異物は「ずれ」と言いかえることができます。他者とは自分との「ずれ」なのです。

「ずれ」はザラザラとした不快な抵抗を引き起こしますが、いい点としては、他者と自分との差異を鮮明にしてくれ、ひいては自分自身を客観視させてくれるというメリットがあります。

 人間の中で他者との「ずれ」がないのは胎児です。母胎と一体化した胎児だけが「ずれ」を知ることなく、羊水の中で全能感に浸っていることができるのです。