「やってみたい気持ちはある。でも、向いてないかもしれない......」そんな気持ちが頭をよぎることはないだろうか。
サンダンス映画祭でグランプリを獲得した映画監督・長久允さんも、32歳でようやく映画を撮りはじめた。音楽、写真、お笑い、デザイン......いくつもの「違うな」を経て、映画にたどり着いた人だ。
本記事では、脚本家を目指す人以外からも「やってみたいことをやってみようと思った」との声が届く『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』から、著者の長久允氏に最初の一歩の踏み出し方を聞いた。(文/飯室佐世子)
Photo: Adobe Stock
Q.「やりたいことはあるのに、
いつまでも踏み出せない」って、なんでなんでしょう?
――長久さんは、「自分には映画だ!」ってどうやって辿り着いたんですか?
「全部向いていると思って、やってた」
長久允氏(以下、長久):学生時代から映画には触れていたけれど、最初からこれだ! と思えていたわけではなくて。それこそ本格的に撮り始めたのは32歳ですからね。
才能があるか、仕事にできるかを判断できるまでに一番長くやったのは音楽で、「才能がない」と気づくまでに時間はかかったけれど(笑)、他にも写真とかデザインとか服飾とかお笑いとか、いろいろ試してみました。大学生の頃は落語をやってみようと思って落研に入ったこともあります。
――いろんな可能性を探ろう、みたいな感じだったんですか?
長久:ううん! 一つひとつ、全部向いてる! と思ってはじめてた。で、「あ、ちがう」を繰り返していた感じで(笑)。
――「ちがう」はどうやって判断するんですか?
長久:たとえば写真は、カメラを持って街にでた時に何も起こらなかったんですよね。意外と初手でわかりますよ、体が反応しないというか。
だから、一歩目はノージャッジでやってみて、やってみてから判断すればいいと思う。
向いてないかどうかは、やった後で考えればいい
――たとえば、長久さんの本を読んで脚本を書いてみよう! と思っても、一晩経つと「いや、自分は向いてないかも」って引き戻っちゃったりして。
長久:やる前から向いてないかもって思ったって、しょうがないですよ。でも確かに、言われてみて、思ったよりも自分の没頭する力は一般的ではなかったんだなとも思った。
――没頭できる力ですか。長久さんのその力ってどこで養ったんですか?
長久:僕は映画を作り始めるのが32歳と遅かったので、それまでの作れなかったことに対する渇きもあったし、純粋に作れて嬉しい! が強いのだと思う。
あと、根底には、「他者からどう思われてもよい」っていう思考があるのかな。
なぜそう思うかというと、小学生の時にうちの母親が好きだった芸能人が、当時の常識からは外れていると世間からは評価されていた人で。その人を母親が「かっこいい」と言って、憧れの人間像として見せてくれていたんです。
その姿を見て、「世間や他者の常識よりも、自分の指針の方を立てていくので問題ないのだ」って、悟ったんだと思います。
――その根底を持っているの、強いかもです。一歩踏み出せない理由として、「周りにどう思われるんだろう」「社会的には」って周りが気になってしまうって大いにある気がして。これ、一歩踏みだす自信がないんじゃなくて、自分に期待しちゃってるから失敗するのが怖いのかも!?
長久:そうなのかもしれないですよね。難しいんだけど、他者からどう思われても良いっていうベースがあれば、自分を信じてやり込んでいける。
本を出してみて、みんなの反応を見ていて、評価を気にしながら作ろうとする人が多いのかなって感じました。でもそのハードルは、超えてしまえば簡単なことだし、超えないと何も始まらないんです。だから鼓舞したい。
気質は、変えられる
長久:「長久さんはそういう気質だから」って言われることもあるし、確かにあると思う。
でも、気質って生活習慣で体に染み込ませていけるものだと思っていて、マインドセットで変えていける部分も多いと思うんですよね。
――具体的に、何かできることはありますか?
長久:世界へのアウトプットが自由にできる時代だけれど、まず1回は誰にも見せないつもりで書いてみるとか、どうでしょう? 評価のためじゃなくて、自分のために書く体験をしてみる。自分がいいと思うかどうかだけを基準にしてみる。
学びと実践でしかないというか、やってみることで変わっていくものもあると思います。
――気質があるから踏み出せるんじゃなくて、踏みだすことで気質が変わっていく。
長久:才能も気質も、やった後でついてくるものなのかもしれないですよね。だから、まずはやってみてほしいですね。
(本記事は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の著者インタビューです。)







