授業は、教師の指導と子どもの学習によって成立します。

 そのため私たち教師は、指導に効果的とされる理論や手法を学んだり、子どもの学習や発達に関する理論や知識を取り入れたりする自己更新の機会が欠かせません。

 ところが、学んだことを実際の指導にすべて取り入れているかと言われると、なかなかそうはいかないのが学校現場です。むしろ、子どもたちに有効だと分かっていても、あるいは周囲から求められているからと言われても「すぐには変えられない」と考える教師の方が多いのではないでしょうか。

 というのも、教師の実践というものは理論や知識の「正しさ」よりも、その教師の「信じていること」によって方向づけられるという特徴があるからです。

「教育者としてブレない軸を…」
信念を貫く教師の落とし穴

 教師が信じていることを「教育的信念」と言います。

 個々の教師の教育的信念は、その教師の幼少期からの出会いや現在に至るまでの多くの経験を通して形成・変容・構成されていきます。

 また「教育者たるものすべからく確固たる信念を持って指導に当たるべきだ」と言われたり、「ブレない信念」「揺らがない軸」を保つことが指導者の望ましい姿だとされたりする傾向も根強く見られます。

 この教育的信念に基づいて、学級経営の方針を定めたり、授業の計画・教授行動・評価の方法を方向づけたりしています。

 その一方で、教育的信念が固定観念や確証バイアス(自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに目が行き、そうではない情報は軽視してしまう傾向)として働くこともあります。いやむしろ、新たな実践の妨げとなる先入観になっていることの方が多いかもしれません。

 自分の信念に合致しない方法や情報を認めず、否定したり、排除することで授業研究が停滞しているということはないでしょうか。あるいは、決して有効とは思えない指導に固執しているということはないでしょうか。

 朝倉雅史氏は「信念という言葉は、無条件に優れた教師や実践を表すわけではない」「経験を重ねさえすれば、授業に対する信念が変容するわけではないし、誰もが成長できるわけではない」と述べた上で、信念を「諸刃の剣」だと捉えることを提案しています(朝倉雅史「教師の信念研究」『体育科教育』2017年5月号 pp.70-72、大修館書店)。