50代からは友だちの
断捨離が必要になってくる

 友だちが少ない人は人間的に問題あり、と一般的に思われているフシがあります。そこで私は逆説的に「人間的に問題がある。その証拠に友だちが少ない」と、自らを自虐的に評価していますが、人格改善できず、ここまで来ました。

 ところが、強力な助っ人が現れました。老年医学の和田秀樹先生。ご著書『50代うつよけレッスン』(朝日新聞出版)で「50歳を過ぎたら、友だちは数より質」と。「友だちが多いほうが人として優れている、という幻想が多くの人に染みついているらしいが、本当に友だちと思える人や、気の合う人と付き合っていければいい。それが人生の後半戦を楽しく生きることにつながる」と、和田先生はすすめておられます。

「友だちの定義」も固定化されています。部活・サークル・同期だから、付き合いが濃く続く。しかし「友だちの定義」に縛られすぎて、「付き合わねばならない」になっていませんか?「本当はストレス」なら考え直したほうが良いでしょう。和田先生もおっしゃっています。友だちは数より質、だと。

 そこで、私も50代で「友だちの断捨離」を実行してみました。叔父から「高校の友だちは一生続くから大切に」と言われ、素直にそういうものかと思い、ある友人とは仲間意識を持って、卒業後も付き合ってきました。

 しかしお互い無理していたことが近ごろ露呈し、私から別れを告げたのです。嫌味でなく「性格の悪い私に長らくありがとう」という熟年離婚のような心からの感謝を込めて。

 しかし、和田秀樹先生は友だち付き合いをなくせ、とはおっしゃっていない。「本当に友だちと思える人や、気の合う人と付き合っていけばいい。と言われています。

 さて当てはまる人は誰だろう、と考えました。それがなかなかいない。

 そこで、子ども時代に遡ってみると、いましたね、「埋蔵友だち」。小学校時代のS子ちゃんと再会しました。

 うれしかったのは2点。1つ目は、転校生だった私の面倒を細かく見てくれた、その性格が全く変わっていなかったこと。2つ目は、昔話より仕事に関する共通の話題で盛り上がったこと。数十年のブランクは全く感じず、引き続き連絡を取っています。友だち断捨離による空席をS子ちゃんが埋めてくれました。

共通の趣味を持った友人から
ネクストキャリアが始まることも

 Podcast『未定年図鑑』で共演中のABCアナウンサー・小縣裕介さんは番組のイベントでエクストリームウォークに参加し、リスナーさんと100キロ・50キロを歩いておられます。その模様から「友だちの選択と集中」の必要性を発見しました。

『“引退しない人生”をデザインする 無定年の設計図』書影“引退しない人生”をデザインする 無定年の設計図』(三嶋(原)浩子、高橋書店)

 参加者同士は初めて会ったのに親しくなって、連絡先を交換したり、次に会う約束もしたり。長距離を何時間も共にした絆は特別なんですね。

 この絆は、のちのち重要な意味を持つのではないでしょうか。妄想ですが、「一緒に歩く→同じ趣味を持った人と絆が生まれる→その人を信頼できる→一緒に仕事したいと思ってくれる人が現れる→ネクストキャリアにつながる」。

 打算的な妄想かもしれませんが、50・60代からのネクストキャリア、きっかけは「人間関係における声がけ」が圧倒的に多いのです。小縣さんもリスナーさんもエクストリームウォークが「ライフワークになる」とのこと。ならば、この妄想もありうる。どこかの社長さんが参加しているかもしれません。なので、共通の趣味で出会った仲間は「友だちに昇格」をおすすめします。ネクストキャリアの種になるかもしれませんから。