「海を制す国」はなぜ強い? マラッカ海峡を見ると一発でわかる【地図で解説】
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
本連載では、海峡・山脈・河川などの地形を手がかりに、世界史を読み直していく。著者は代々木ゼミナールの世界史講師で、「地図の鬼」と呼ばれる伊藤敏氏。オリジナル地図を通じて、ホルムズ海峡やシルクロードなどの歴史的背景を立体的に理解でき、歴史と地理を同時に味わうことができる。本稿は、伊藤氏の近刊『地図で学ぶ「深読み」世界史』を一部抜粋したものだ。
Photo: Adobe Stock
「海を制す国」はなぜ強い?マラッカ海峡を見ると一発でわかる
広義の「地政学」(あるいは「地政治」)において、古代よりしばしば議論の焦点とされたのが、「ランド・パワー」(大陸国家)と「シー・パワー」(海洋国家)の対立構造です。
その萌芽は古代ギリシアの時代より認めることができ、歴史家トゥキュディデス(前460頃~前395)は、ギリシア世界を二分した大戦争であるペロポネソス戦争(前431~前404)の原因を、海洋国家アテナイと大陸国家スパルタの対立構造に求める歴史観を、著書『戦史(歴史)』に示しています。
今日でいう「地政学」の祖とされるイギリスのハルフォード・J・マッキンダー(1861~1947)もまた、このランド・パワーとシー・パワーの対立構造を、19~20世紀における欧米列強の情勢から見出しています。
例えば、マッキンダーは第1次世界大戦を、ユーラシア大陸の心臓部(ハートランド)を掌握しようというドイツやオーストリア・ハンガリーといったランド・パワーの同盟と、これを阻止しようというイギリス、アメリカ、日本といったシー・パワーの同盟との間に生じた対立と捉えました(ただしマッキンダーは、学術的ないしは理論的な体系化を必ずしも目指したわけではないことに注意が必要です)。
ランド・パワー/シー・パワー論の限界とは?
しかし、こうした「地政学」の観点はしばしばその実態と照らし合わせると、食い違うことも少なくありません。この原因として考えられるのが、ランド・パワーやシー・パワーの源泉が見落とされていることです。その源泉とは、歴史の蓄積によって高められた戦略的価値に他なりません。
この本日は、シー・パワーについてまず取り上げ、その「力(パワー)の源泉」である海上交通路、すなわちシーレーンに着目します。下図(図1)を見てください。
出典:地図で学ぶ「深読み」世界史
世界規模でのシーレーンを俯瞰すると、戦略的に注視せざるを得ない「隘路(あいろ)」が確認でき、シーレーンにおける「隘路」は「チョークポイント(ないしボトルネック)」と呼ばれます。その1つ、マラッカ海峡を見ていきます。
マラッカ海峡とは?
マラッカ海峡はスマトラ島(インドネシア)とマレー半島(マレーシア)に挟まれた、長さ約900km、幅約65~250kmの海域です。この海峡は、ベンガル湾(インド洋北東海域)と南シナ海を結ぶ最短航路にあたるもので、古くから海上交通の要衝であり続けました。下図(図2)を見てください。
出典:地図で学ぶ「深読み」世界史
このマラッカ海峡航路の歴史を見る上で欠かせないのが、マリンロード(「海の道」)の存在です。インド洋を主要航路とするマリンロードは、古くはオーストロネシア語族話者の諸民族によって、その基盤となる航路が構築されます。
インド洋はモンスーン海流や赤道海流といった海流、さらに季節風(モンスーン/インド洋では夏に南西、冬に北東の季節風が吹く)が吹き、これは帆船の航行においてはかなりの好条件となりました。下図(図3)を見てください。
出典:地図で学ぶ「深読み」世界史
オーストロネシア語族系に属するマレー人の一派は、後1世紀にはカリマンタン島(ボルネオ島)からマダガスカル島への移住を果たし、これは中継地や寄港の痕跡が見られないことから、海流や季節風を利用して直接向かったものと考えられます。
(本原稿は『地図で学ぶ「深読み」世界史』を一部抜粋したものです)









