東京オリンピックに合わせて
開業した東海道新幹線
もう一つ、インフラのコンテキストを捉えて成功した事業について考えてみましょう。我が国の誇るイノベーション、東海道新幹線です。
時速200キロ以上で走る「弾丸列車」の構想は戦前からあり、事業化について議論されたことも何度かありましたが、本格的な議論が始まったのは1950年代の後半でした。
きっかけは「航空インフラの台頭」です。1950年代から民間航空にジェット旅客機が導入されたことで、東京-大阪の飛行所要時間が2時間にまで短縮され、また運行コストの低減に伴って運賃も低下し、それまで「高嶺の花」だった飛行機が庶民にも手が届くものになりつつあったのです。
このような状況を受け、日本の交通インフラの将来ビジョンとして「都市間の長距離移動は航空が、都市内の短距離移動は鉄道が担う」という見通しが支配的になっていたのです。
当時、東京と大阪を結ぶ主要な交通手段であった東海道本線は、東京と大阪を行き来するのに7~8時間かかり、航空機の優位は歴然としていました。この流れに対して、当時の国鉄の総裁、十河信二氏は、鉄道の古参エンジニアや政治家の猛反対を押し切り、「高速鉄道こそが日本の将来に必要」と訴えて、東海道新幹線のプロジェクトを開始したのです。
まことに「このタイミングを逃したら高速鉄道の未来はない」というインフラのコンテキスト、つまりギリギリのところで「カイロス」(編集部注/古代ギリシャの時間を表す言葉で、好機を意味する)を捉えたのです。
1964年の東京オリンピックに合わせて開業した東海道新幹線は、最高時速210キロという世界最速の鉄道であり、航空機に比肩する移動時間と、大都市の中心部を直接結ぶ利便性を兼ね備えていました。その結果、欧米で鉄道が長距離市場から退場していったのとは対照的に、日本では鉄道が高度に進化し、航空と並び立つ存在として命脈を保ち続けることになったのです。
コンテキストでは「スピード」よりも「カイロス」が重要になります。これはつまり、「ただ単に早ければいい」ということではなく、コンテキストを読んで、適切なタイミングを捉えることが重要だ、ということです。







