写真:AI Generated/Chat GPT
今、私たちが当たり前だと思っている日本の企業の姿や、働き方、組織の常識は、最初にそれを形作った設計者や実装者がいる。連載『日本を創った57人の経営者』の本稿では、阪急電鉄、宝塚歌劇、阪急百貨店を生み出し、戦後日本の私鉄経営、さらには「郊外で暮らす」という生活様式そのものを設計した小林一三を取り上げる。100年以上前に、GAFAと同じ「垂直統合型」のビジネスモデルを完成させた人物だ。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
「リアルな街と人間の生活」で
GAFAモデルを完成させた男
私たちは、気付かぬうちに巨大IT企業に生活を預けています。
朝起きるなりスマートフォンを手にして、検索し、移動し、買い物をし、友人たちとつながり、娯楽を楽しみ、夜には動画を眺めて眠る――。その多くが、GAFA(Google、Apple、Facebook[現Meta]、Amazon)に代表される米国の巨大IT企業のプラットフォーム上で完結しています。
彼らはデータとアルゴリズムを使って、人の行動と時間を設計しています。いかにも21世紀のデジタル社会らしいビジネスモデルです。
でも、日本には100年以上前に、すでにそのモデルを完成させた男がいました。
小林一三。阪急電鉄、宝塚歌劇、阪急百貨店を生み出し、戦後日本の私鉄経営、さらには「郊外で暮らす」という生活様式そのものを設計した人物です。
小林のやったことを、現代風に言い換えるとこうなります。
・人の移動を押さえる
・生活時間を設計する
・感情と消費を循環させる
これは、GAFAがデータとアルゴリズムで行っていることと、本質的に同じです。違うのは、舞台がデジタル空間ではなく、「リアルな街と人間の生活」だったという点だけです。
日本の私鉄は世界でも特異な発展を遂げた事例として、しばしば経営学の題材に上ります。鉄道会社が住宅を売り、百貨店を営み、劇場やプロ野球の球団まで持つ――この「なんでもやる私鉄モデル」の原型は、全て小林が描いた設計図に行き着きます。私鉄に限らず民営化後のJRも同様です。
私鉄の創業者というと、強引な買収戦略から「強盗」とまで呼ばれた東急電鉄の五島慶太や、商売敵が日本刀を手に屋敷へ押し掛けた際にピストルで応戦したという逸話から「ピストル堤」と畏れられた西武グループの堤康次郎らがいます。彼らについては、この連載でも改めて触れる予定ですが、両者の鉄道経営の基本思想は、小林の手法を徹底的にまねたものでした。
もっとも、「強盗」や「ピストル」と物騒な異名をとった2人に比べると、小林は驚くほど穏やかで、常に「正道を行く」人物でした。
ダイヤモンド社創業者・石山賢吉は、著書『先人に学ぶ』の中で小林をこう評しています。
「小林氏は、今太閤と言われるほどの智慧者である。智者だから智慧を働かせるのはもちろんであるが、その智慧を決して邪道に用いない。
そのため無能と非難されることもあったが、小林氏はそれを甘受し、疑獄事件には決して引っかからなかった」
明治期、電車を敷設するには、政府や自治体の認可が不可欠でした。役人への接待や贈賄が横行した時代にあっても、小林はそれを良しとせず、あくまで正道を貫いたといいます。
派手な剛腕でも、恐怖で支配する経営者でもない。しかし、極めて穏やかに、社会の仕組みそのものを設計し直した点で、小林は誰よりも“危険な発明家”だったのかもしれません。
小林が持ち込んだ手法は、それまでの鉄道会社の枠を超えたものでした。鉄道会社が街づくりを担い、住宅ローンまで用意して、「マンションポエム」で沿線生活の素晴らしさを喚起する。プロ野球や歌劇団、駅直結の百貨店など、あらゆる手法で沿線住民の“感情”と“帰属意識”を囲い込む――。現在の鉄道経営の基礎は全て小林がつくったものです。
GAFA的ビジネスモデルの元祖である「人間の生活動線を自社の中で垂直統合する」という発想はいかにして生まれたのか。次ページから詳しく説明しましょう







