新しいチャンスは出尽くした――現代のビジネスパーソンほど、そんな閉塞感を抱えやすい。経営学者ピーター・ドラッカーは『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』のなかで、好機は特別な才能ではなく、誰の目の前にもある「ギャップ(ズレ)」に宿ると説いた。本稿では、その4つのギャップを手がかりに、変化の時代に好機を見つける目の養い方を問い直してみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ビジネスの好機は「断層」に眠る
「もう簡単に儲かる市場なんて残っていない」。そう感じて、世間と同じように生成AIへ飛びつく人は多いだろう。
だが本書には、イノベーションの好機はもっと身近な場所に転がっていると書かれている。鍵になるのが「ギャップ」、すなわち現実と「あるべき姿」とのズレである。
ギャップとは、現実にあるものと、あるべきものとの乖離、あるいは誰もがそうあるべきとしているものとの乖離であり、不一致である。
――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より
ドラッカーはこのズレを、地質学の「断層」になぞらえている。地中の断層がやがて地形を変えるように、ズレは市場や産業が動きだす前触れなのだという。
言い換えれば、目の前にある好機とは、多くの人が見過ごしている小さなズレのことなのだ。
ズレには4つの型がある
ドラッカーは、イノベーションの機会となるギャップを4つに分けている。順に見ていこう。
①「業績ギャップ」は、需要が伸びているのに業績が伴わない不一致だ。生成AIの利用が爆発的に広がっても、肝心の生産性は思うように上がらない――そんな現象がこれにあたる。
②「認識ギャップ」は、業界の人間が現実を見誤り、努力の方向そのものがズレている状態である。高画質テレビを磨き続ける間に、視聴者の時間がスマホの短い動画へ移っていた、といった具合だ。
③「価値観ギャップ」は、売り手が信じる価値と、客が本当に求める価値とのすれ違いを指す。客が買っていたのは商品の性能ではなく「安心」だった、というズレである。
④「プロセス・ギャップ」は、仕事の流れのなかで当事者だけが「ここが不安だ」と感じている小さな欠落だ。
4つに共通するのは、どれも「現実」と「あるべき姿」のズレだという一点である。見え方は違っても、目の付けどころは同じなのだ。
見逃す人、気づく人の差
では、どうすればギャップに気づけるのか。皮肉なことに本書には、ギャップは内部の人間ほど見落としやすいと書かれている。
「昔からずっとこうだ」と当然視してしまうからだ。だがドラッカーは、その「ずっと」が実はごく最近のことにすぎない場合が多いと述べる。
不便を「仕様」だと思い込んだ瞬間、人は目の前のズレが見えなくなる。逆にいえば、気づく力とは特別な才能ではなく、当たり前を疑う習慣のことだ。
欠けていたものは、それらの声に耳を傾けることであり、真剣に取り上げることだった。製品やサービスの目的は消費者の満足にある。
――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より
たとえば、ほんの数年前まで、オンライン会議そのものは滑らかに進むのに、終わったあとの議事録づくりだけは誰もが気の重い「流れの切れ目」だった。
この一点の不満をすくい上げたのが、AIによる自動文字起こしである。いまでは当たり前の機能になったが、その出発点は「録音はできるのに、書き起こしだけが面倒」という、当事者だけが感じていた小さなズレにすぎなかった。
すでに解決された不便を振り返るのはたやすい。難しいのは、いま自分が「仕様」だと思い込んでいる流れの切れ目に気づくことなのだろう。
AIは「ズレ」を増やす
本書を貫くのは、イノベーションは天才のひらめきではない、という思想だ。すでに起きた変化を冷静に見つめ、ズレを探す――それは誰もが学べる地道な技術だとドラッカーは述べている。
ドラッカーが繰り返すのは、変化はすでに起きているという現実を受け入れることだ。生成AIが社会を急速に塗り替えるいま、技術への期待は高まるのに現場が追いつかない、といったズレはあちこちで広がっている。
変化が速い時代ほど、こうしたズレは次々に生まれる。目の前のズレを拾える観察眼は、AI時代にこそ再び効いてくるのではないだろうか。
ギャップ探しは、一発逆転の魔法ではない。当たり前を少し疑い、人の小さな不満に耳を澄ます――その静かな習慣の積み重ねが、私たちの仕事を次の好機へと静かに押し上げていくのだろう。






