想定外のヒット商品や、狙ってもいなかった客層からの注文。そうした「予期せぬ成功」こそ、最も低リスクで大きな実りをもたらすチャンスだと説くのが、経営学者ピーター・ドラッカーの『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』だ。本書を手がかりに、予期せぬ出来事をチャンスに変える人の頭の中をのぞけば、生成AIで揺れる時代の仕事にもきっと役立つはずだ。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 予期せぬ成功

一番のチャンスを人は捨てる

 仕事をしていると、狙ってもいなかったことが思わぬ形でうまくいく瞬間がある。本命でなかった商品が妙に売れたり、想定外のお客さんから注文が舞い込んだり、片手間の事業が会社の柱になりかけたり、といったことだ。

 ドラッカーは、こうした出来事を「予期せぬ成功」と呼ぶ。そして、これほど小さなリスクで大きな成果を生むイノベーションの機会はないと述べている。

 ところが現実には、多くの人や会社がこの好機を見逃す。それどころか、邪魔者あつかいして握りつぶしてしまうことさえあるという。

 なぜ、目の前にある一番のチャンスをわざわざ捨ててしまうのか。本書によれば、人は長く続いてきたものを「正常」と思い込み、それに反する出来事を異常で不健全なものとして拒んでしまうからだ。

 慣れ親しんだやり方が崩れることは、誰にとっても面白くない。だからこそ、せっかくの成功が見て見ぬふりをされてしまうのである。

二つの店、明暗の分かれ道

 ここで、本書に登場する半世紀ほど前のアメリカの実話を紹介しよう。当時のニューヨークに、二つの大きな百貨店があった。

 一方の店は、婦人服で稼ぐのが当たり前だと考えていた。ところが、おまけのつもりだった家電が予想以上に売れ、売上の柱になりそうな勢いを見せたのである。

 普通なら大喜びのはずだ。しかし経営陣は「これは異常だ」と考え、あろうことか家電の販売を抑え込もうとした。

 ところがもう一方の店は、正反対の判断をした。家電という予期せぬ成功を絶好の機会ととらえ、客層の変化を分析し、店づくりそのものを変えたのだ。

 結果、業界4位だったこの店は2位へ駆け上がり、成功を握りつぶした店は長く低迷した。両者を分けたのは、頭の良さではなく、自分の思い込みは間違っていたとすなおに認める勇気だった。本書はこう述べる。

マネジメントにとって、予期せぬ成功を認めることは容易ではない。勇気が要る。同時に現実を直視する姿勢と、間違いを率直に認めるだけの謙虚さがなければならない。

――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より

 ドラッカーに言わせれば、人が評価されるのは「絶対に間違えないこと」に対してではない。自分の誤りを認め、受け入れる力に対してこそ、報酬は支払われるのだ。

外に出て、見て、聞く

 では、予期せぬ成功や失敗に気づき、機会として活かせる人になるには、どうすればいいのだろうか。

 まず知っておきたいのは、会社の報告書はあてにならないということだ。月々の報告書の一ページ目には、たいてい「できなかったこと」や「問題」ばかりが並ぶ。

 だから会議では失敗ばかりが議題になり、予想を超える成功は、数字の裏に隠れたまま誰にも気づかれない

 ドラッカーの答えはシンプルだ。机の上の数字を眺めるだけでは足りず、自分の足で外に出て、現場を見て、人に質問し、話を聞いてくるのである。

 おもしろいのは、なぜそれが起きたのか理由がわからなくてもいい、という点だ。「何かが起きた」と気づくだけで、十分にチャンスの入り口になる。

 これは失敗のときも同じだ。よく練った計画が失敗したなら、それは世の中や顧客の価値観が変わったサインかもしれない。本書はこう念を押す。

予期せぬ失敗は、常にイノベーションの機会の兆候としてとらえなければならない。トップ自らが真剣に受けとめなければならない。

――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より

生成AIの大ヒットに学ぶ

 この教えは、令和のいまこそ効いてくるのではないだろうか。

 たとえば、近年とつぜん広まった生成AI――文章や画像を自動で作り出すAIのことだ。あるチャットAIは「研究用のお試し版」として公開されたが、開発側の想定をはるかに超えて世界中の人が殺到し、わずか数カ月で歴史的なヒットになった。

 これはまさに、令和を代表する「予期せぬ成功」と言えるだろう。誰かが想定外の使い方を見つけ、爆発的に広げていったのだ。

 反対に、少し前に多くの企業が一斉に投資した「メタバース」――ネット上の仮想空間のことだ――は、期待されたほどには広まらなかった。人々が本当に求めていたのは仮想空間そのものではなく、もっと別の何かだったのかもしれない。

 成功も失敗も、私たちに「世の中の変化に気づけ」と告げている。本書はこう続ける。

しかし、成功にせよ失敗にせよ、予期せぬことが起こったことを知るだけで、イノベーションの機会とするには十分である。

――『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』より

 本書が一貫して伝えるのは、イノベーションは一部の天才のひらめきではなく、誰もが身につけられる体系的な仕事だ、ということだ。

 プライドを脇に置き、外に出て、目の前で起きた小さな「想定外」を拾い上げる。その地道なくり返しが、変化の時代をしたたかに生き抜く人を、静かにつくっていくのである。

*この記事は、『イノベーションと企業家精神 エッセンシャル版』をベースに、独自の視点を入れて書き下ろしたものです。