『ケーキの切れない非行少年たち』(c)宮口幸治 鈴木マサカズ/新潮社
児童精神科医による大ヒット書籍のコミカライズ版として、くらげバンチ(新潮社)で連載されている『ケーキの切れない非行少年たち』(原作/宮口幸治、漫画/鈴木マサカズ)。今回は、第23話『孤独な出産』から、原作の立命館大学教授で児童精神科医の宮口幸治氏が漫画に描けなかったエピソードを紹介する。
強い孤独や愛情への渇きがある
境界知能の女性、小平恵(仮名)は大学に進学します。境界知能とは、IQがおよそ70~84の範囲にある状態を指します。知的障害には該当しませんが、学習や生活の面で一定の支援が必要とされることがあります。
しかし大学は高校と違い、自由が大きい分、自分で考えて行動する力も求められる場所です。
コミュニケーションが苦手な恵は友人を作ることができず、サークルやクラブ活動にも馴染めませんでした。授業の単位も思うように取れず、孤独な大学生活の中でストレスは再び大きくなっていきます。
そんなとき、恵の心の空白を埋めたのが、出会い系サイトで知り合った中年男性でした。
著者がかつて勤務していた精神科病院の思春期外来でも、似たようなケースは珍しくありませんでした。抑うつ状態で自傷行為や過量服薬を繰り返していた女性患者が、男性と交際を始めると症状が急に改善することがありました。
多くの場合、その相手は出会い系サイトで知り合った年上の男性でした。近年は出会い系サイトの危険性がよく指摘されますが、一方で、そのような出会いを心の支えとしてしまうケースがあるのも事実です。
もちろん、危険に巻き込まれる可能性もありますが、それ以上に、彼女たちは強い孤独や愛情への渇きを抱えているのです。
恵もその男性と性的な関係を持つようになります。しかし恵は、性行為によって妊娠する可能性や避妊の方法について、十分な知識を持っていませんでした。生理が3〜4カ月来なくなってから、ようやく男性に相談します。
一般的には、生理の遅れが続くと妊娠の可能性を疑う人も多いですが、ここにも恵の危機管理能力の弱さが表れていました。男性に言われて妊娠検査薬を勧められますが、恵は検査薬の存在すらその時初めて知ります。
境界知能の人の中には、こうした日常生活の基本的な知識を十分に得られない場合があります。
多くの人は学校で習わないことでも、友人との会話やアルバイト、社会経験を通してさまざまな知識を身につけていきます。しかし、コミュニケーションが苦手で友人関係を築きにくく、社会的な経験が少ないと、そうした知識を得る機会も限られてしまうのです。
妊娠が分かると、恵は男性とも連絡が取れなくなります。どうすればよいのか分からず、誰にも相談できません。厳しかった母親にも、自分から話すことができませんでした。
そうしているうちにお腹の胎児は大きくなり、ついに恵は公園のトイレで孤独な出産を迎えます。そして乳児を殺害してしまう事件に至ります。
裁判では、恵が境界知能であったことは判決には大きく反映されず、懲役4年の実刑判決が下されました。この結末は、本コラムの20話『IQ76の女子高生が赤ちゃん遺棄→「身勝手」という批判だけでは片付けられない事件の裏【マンガ】』の冒頭で紹介した2019年の女子大学生による乳児殺害事件と重なります。
もちろん、境界知能だからといって刑罰を軽くすべきだというわけではありません。
本話で伝えたかったのは、犯罪そのものを正当化することではありません。
知的なハンディキャップやその特性が十分に理解されないまま、事件の背景が十分にくみ取られず、その行動が「身勝手で短絡的な動機」と判断され、結果として不利に評価されてしまうことがあるという現実です。
原作者である宮口幸治は、児童精神科医として、実際に医療少年院で勤務した経験があります。この作品は、その経験をもとに執筆した『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)のコミカライズ版です。マンガの続きは「ケーキの切れない非行少年たち」でチェック!
『ケーキの切れない非行少年たち』(c)宮口幸治 鈴木マサカズ/新潮社
『ケーキの切れない非行少年たち』(c)宮口幸治 鈴木マサカズ/新潮社







