(2)の海外文学については京都大学文学部が「西洋文学この百冊」をまとめてインターネットで公開している。

 わたしのもっともおすすめは、桑原武夫『文学入門』(岩波新書)の巻末リストだ。海外文学の古典50点をあげている。たいへんバランスの取れたリスト。

詩集を読むことで
得られるものは何か

(4)は好みでなんでもよい。万葉集や唐詩選ばかりではない。Jポップの歌詞集でも、SNS短歌でもよい。なぜ詩集を課題として読まなければならないのか。塾生によく聞かれるし、その都度、うまく答えられたことがない。

 詩には〈断層〉があるから。〈飛躍〉があるから。お望みなら、デリダのように〈差延(ディファランス)〉と言っても構わない。

 散文とは、つまり論理だ。A=B、B=C、よってA=C。

 とくに数学という言語は前提条件(公理、公準)を共有すれば、そこに誤解の余地は生じない。万人が納得できる言語。数学はそうあるべきなのだが、散文でこれを連発されると、どうにも押しつけがましい。空気がよどむ。端的に、読みにくいのだ。ときには、A=Cと、跳躍することが必要だ。空気を入れる。

 詩の場合は、もう各行すべてが断層で成り立っている。イメージのジャンプがある。自分の好きな、短歌、俳句、詩、歌詞、なんでもいい、思い出して口ずさんでみるといい。かならずそこには、イメージの、概念の跳躍があるはずだ。ときをおいて読み返すと、まったく違う印象をもちさえする。段差、飛躍、差延があるからだ。

読書のための時間を
創り出すコツ

 さて、塾生は以上四つの課題図書を、毎日15分ずつ、必ず読む。なぜ15分か。これ以上短くすると断片に過ぎて大きな固まりの論理、叙情を理解できなくなる。また15分であれば、日常のすきま時間、食事や入浴やトイレ、あるいは通勤時間を利用して、いかようにも捻出できる。1日わずか15分。しかし必ず。そうすると、かの長大なプルーストの小説『失われた時を求めて』さえ、1年で読了している。

 課題図書で4種1時間。前述したように残りの1時間は、好きなものを読んでよい。ベストセラーでも漫画でも、BLでもラノベでもよい。プロのライター、記者だったら、仕事上読まなければならない資料もあるだろう。それも含めて全部で2時間。それが1日の、最低の練習時間だ。

『三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』書影三行で撃つ〈善く、生きる〉ための文章塾』(近藤康太郎・CEメディアハウス)

 以上が塾生に教える読書法だが、これをすべてすると、毎日がたいへん忙しくなるのは承知している。しかしこの忙しさは、気持ちのいい忙しさだ。文章を読む練習、書く練習で毎日が忙しいとは、なんたるぜいたくであることか。

 通勤電車は混みすぎてとても本など読めないのであれば、始発電車で行く。わたしは、あるときから人と一緒に昼飯を食べるのを、いっさいやめた。行儀は悪いが、食べながら読む。毎日、風呂で15分。これは、ぜいたくな楽しみだ。

 わたしは、そうして時間を創った。読者も自分で工夫してほしい。なにに対しても、いいわけはできる。いいわけを考えていると、短い人生は一瞬で終わる。

 時間だけは、だれに対しても平等だ。そして、時間は、創るものだ。創りかたは、あなたにしか分からない。