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学校生活を振り返ると、学業成績や内申点といった評価軸で判断されることに息苦しさを感じた覚えはないだろうか。山村で暮らす思想家の青木真兵によれば、今の学校制度は近代国家が成立する過程の中で生まれたものなのだという。※本稿は、青木真兵『資本主義を半分捨てる』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
都市と山村で異なる
自然との向き合い方
僕が山村に引っ越して気づいたことの1つは、都市と山村では成り立つ原理そのものが異なるという点でした。
近代以降の都市は、科学的思考に基づく合理性をよりどころに自然を改変してつくられてきました。山を削ってトンネルを通し、川や海岸を埋め立て、その先に道路や建物を配置する。僕が生まれ育った場所でもドブ川が埋められ、道は拡張され、沿道には木々がわずかなスペースに植えられ、車や歩行者の邪魔にならないように管理されていました。振り返れば、僕の子ども時代はまさに都市の近代化が進行する只中だったのです。
一方で、山村の原理は都市とはまったく異なります。ここでは自然の力の方が圧倒的に大きく、自然を改変できると考えること自体がおこがましいと感じてしまいます。人びとは自然の恵みを受けて暮らし、「住まわせてもらっている」という感覚を持ちながら日々を営んでいます。
理性や科学的思考が通用するのはほんの一部にすぎず、一時的に自然の力を食い止めることはできても、それ以上は自然に飲み込まれないことで精一杯です。







