優秀なプレイヤーだったからこそ管理職になった――そんな人ほど、無意識に抱えてしまう思考の癖がある。それが、チームの成長を止める原因になっているという。

仕事ができる人は「完璧にやれ」と言わない。ではどう言う?

多くの上司が無意識にかかる「完璧主義の呪い」

初めて上司になったときや、新しいチームを任されたとき、
多くの人が無意識のうちに、ある思考にとらわれてしまう。
それが、「私がしっかりしなきゃいけない」「私が一番できていないといけない」という、完璧主義の呪いだ。

この傾向は、プレイヤー時代に優秀だった人ほど顕著に現れるという。
自分の仕事に妥協せず、細部までこだわり、
100点の成果を出し続けてきたからこそ、今のポジションを手にしている。
その自負があるからこそ、上司になった後も、同じ基準を自分に課してしまう。

プレイヤー時代の「正義」が、チームを崩壊させる

初めて上司になったとき、あるいは新しいチームを任されたとき、多くの人が無意識にかかる「呪い」があります。
それが「私がしっかりしなきゃいけない」「私が一番できていないといけない」という完璧主義の呪いです。
プレイヤー時代に優秀だった人ほどこの傾向は顕著です。
自分の仕事に妥協せず、細部までこだわり、100点の成果を出し続けてきたからこそ、今のポジションがあるからです。
しかし、そのプレイヤー時代の「正義」をマネジメントに持ち込んだ瞬間、チームは崩壊への道を歩み始めます。
なぜなら、上司が100点を目指せば目指すほど、部下は「減点されないこと」を目的に仕事をするようになるからです。

しかし、このプレイヤー時代の「正義」を、そのままマネジメントの場に持ち込んだ瞬間、
チームは崩壊への道を歩み始めるという。
上司が100点を目指せば目指すほど、部下は「いかに減点されないか」を目的として仕事をするようになってしまうのだ。

これは、上司の完璧主義が、無意識のうちに部下に伝わってしまうことから起こる。
細部までこだわる上司の前では、部下は新しい挑戦よりも、ミスを避けることを優先するようになる。
結果として、チーム全体が守りの姿勢に入り、挑戦や成長の機会が失われていく。

「正義」は人によって違う、という前提に立つ

プレイヤー時代に正しかったやり方が、
マネジメントの場でもそのまま正しいとは限らない。
個人として成果を出すことと、チームとして成果を出すことは、求められる行動がまったく異なる。

上司自身が100点を目指す姿勢を見せることよりも、
部下が安心して挑戦し、時には失敗しながら成長していける環境をつくることの方が、
チームとしての成果につながっていく。
完璧主義の呪いに気づき、それを自覚的に手放すことが、
プレイヤーからマネージャーへと役割を転換するための、最初の一歩になる。

今日から試すなら、自分の中にある「完璧主義」が部下にどう伝わっているか、一度振り返ってみることだけでいい。

(本記事は、書籍『コンサル時代に教わった 仕事ができる上司の当たり前』をもとに作成しました)