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肩書が立派になるほど、相手の本音を引き出すのは難しくなるものだ。ホンダ創業者の本田宗一郎は、行きつけの飲み屋で耳鼻科医を名乗っていた。自らの肩書を隠した背景には、本田ならではの人間観察術があった。酒場で集めた何気ない言葉は、やがて仕事にも生かされることになる。※本稿は、記者の栗下直也『偉人たちの酔っぱらい流儀』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。
東京・湯島の小さな料亭に現れる
一人の「耳鼻科医」の正体
還暦を過ぎた小柄な男。女将と世間話をしながら酒を飲み、バカ話に興じては大笑いする。医者っぽくないが、人懐っこい笑顔で誰とでも打ち解ける常連客だった。
ある日、連れが彼を「社長」と呼んだ。女将が不思議そうな顔をしていると、驚愕の事実を知らされる。
この「耳鼻科医」の正体は、「世界のホンダ」の創業者・本田宗一郎だった。
なぜ、日本を代表する超大企業の創業者が、身分を偽って飲み屋に通っていたのか。それは本田流「偽装工作」の極意であり、肩書社会を生き抜くための究極の処世術だった。
本田が「耳鼻科医」を名乗った理由は実に戦略的だった。
「耳鼻科といえば命に関わる病気も少なく、まず質問される心配がなさそうだったから」
外科医や内科医を名乗れば、「先生、実はここが痛くて」と医療相談が始まってしまう。
産婦人科や精神科では話題が重くなる。耳鼻科なら「花粉症がひどくて」程度の軽い話で済む。絶妙な選択だった。
これが本田流「偽装工作」の第一歩だ。相手に余計な気を遣わせず、かといって怪しまれない絶妙なポジショニングである。







