後日、本田のもとに女将から「本田技研の社長さんであることを全く知らず大変失礼な事をした」と丁重な詫び状が届いたという。女将がいかに本田を「ただの耳鼻科医」として信じ切っていたかがわかる。同時に、本田がいかに完璧に「偽装」していたかの証でもある。
名刺を切らずに飲める
仲間を持っているか
「猿は木から落ちても猿だが、代議士は落ちればただの人」との名文句を残したのは「政界の寝業師」と呼ばれた大野伴睦だ。
考えてみれば政治家ほど不思議な職業はない。何か資格があるわけでもなければ、専門知識を求められるわけでもない。「先生」と呼ばれるが、弁護士や公認会計士、医者のように特別な資格の必要もない。元犯罪者だろうが無職だろうが、選挙で勝利を収めさえすればよいのである。
もちろん、選挙で議席を獲得するのは簡単ではない。他の「先生」と違って、一度なったら安泰とはならず、その職は不安定である。定期的に実施される選挙で有権者から支持を集め続けなければいけない。だから、大野の名文句はまさに政治家の本質を突いている。政治家の条件とは政治家であり続けることなのだ。職を追われないことが唯一であり最大の条件になる。実際、政治学の世界でも民主主義国家において政治家の行動原理は、次の選挙で勝利する確率をあげることだと定義されている。いくら立派な政策目標を掲げていようとも、再選し続けなければ何もできない。
ただ、これは政治家だけの話ではない。「会社辞めればただの人」とよくいわれるように、会社員の多くはどんなに偉くても退職すればただの人である。政治家と立場は同じだ。
大手の上場企業に勤めていれば、「大手上場企業の課長」というポストが社外でも信用をつくる。仕事と関係ない場でも、その人の言動に多少の違和感を抱いたとしても、「上場企業の課長ならばおかしな行動をとるはずがない」と信じ込もうとする人が多いはずだ。いまだに日本は超肩書社会なのだ。
だから、会社を辞め、肩書がなくなったら、自分も相手を信用させられないし、相手も信用できない。何を信じていいかわからない。







