こうした逸話を聞いた君塚は、「刑事もサラリーマンである」という事実に思い至る(同書、22頁)。実際、『踊る大捜査線』は当初「サラリーマン刑事」という仮タイトルだった。こうして、「刑事も組織の一員。サラリーマンと同じ」という『踊る大捜査線』のコンセプトが生まれた。
それに対し、『相棒』のコンセプトは「刑事も組織の一員。だがサラリーマンではない」と表現できるだろう。
確かに、刑事といえども組織の一員であり、正義のヒーローなどではない。いわば一介の公務員である。組織の規律を乱したり、上司の命令に従わなかったりすれば、内部規則に基づいてペナルティを受ける。そこは『踊る大捜査線』と同じだ。
だが警察は、同じ組織でもサラリーマンが勤める一般企業のように営利を目的としているわけではない。法律をもとに社会秩序を守るという公共の目的のためにある組織だ。そしてそこに、『踊る大捜査線』との方向性の違いも自ずと出てくる。
たとえば、『踊る大捜査線』の第1話。青島が湾岸署に赴任して早々、事件が発生する。早くも念願の捜査ができるとワクワクする青島は、急いでパトカーで現場に駆けつけようとする。だが担当の係から、規則なのでパトカーを出すには所定の書類への記入と上司のハンコが必要だと言われる。捜査よりも経費の管理が大事。まさに「警察=サラリーマン」の世界を彷彿とさせる場面である。
『相棒』には、そのような場面は登場しない。裏返せば、そのことが同じ組織であっても警察が一般企業とは別物であることを自ずと示している。
島流しされた右京が
大活躍するカタルシス
このことを踏まえ、『相棒』における警察の描きかたにもう一度目を向けてみよう。
一般企業にせよなににせよ組織と呼び得るものには、そこに役職などの固定された階層関係がある限り必ず権力関係が生じる。人事などの権限を盾に異分子を抑え込み、上に立つ者は自らの力を維持しようとする。それに付随して、派閥間の権力闘争も起こる。







