昭和天皇 Photo:JIJI
「円安は国益、円高は危機」――そんな価値観が当たり前だった時代があった。1971年のニクソン・ショックで日本中が「輸出立国の終わり」に震えるなか、昭和天皇はいち早く円高の恩恵に目を向け、「円が強くなることは、国が豊かになることではないか」と問いかけていた。昭和天皇が半世紀以上前に投げかけた問いは、「円安は本当に国益なのか」という現代の常識にも鋭く切り込んでいる。※本稿は、経済学者の齊藤 誠『日本経済を診る――シン・競争の作法』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。
ニクソン・ショックの5日後に
昭和天皇が問いかけた言葉
マクロ経済学の理屈に忠実になれば、自国通貨が強く(弱く)なることと自国経済が強く(弱く)なることは表裏一体と考えてよいであろう。したがって、日本経済で生活する人びとは、円高で豊かさを味わい、円安で貧しさが身にしみるはずである。
しかし、「円高で豊かに」も、「円安で貧しく」もなかなか実感しにくい。まずは、「円高で豊かに」の実感しづらさを考えてみよう。
戦後の日本経済を振り返ってみると、明確な円高局面が二度あった。
戦後最初の円高局面として、1971年8月15日にリチャード・ニクソン米国大統領が米ドルと金の兌換を一時停止すると発表し、急激な円高が進行した。
当時よりニクソン・ショックと呼ばれていたこの大統領発表は、それまで1ドル360円に固定されていた円相場に終焉を告げた。その年の12月には、円が1ドル308円にまで切り上げられた。
念のための確認になるが、これまで360円もした1ドルが308円で買えるのであるから、360円/ドルから308円/ドルの数字上の低下は、円の値打ちが切り下がったのではなく、切り上がったことになる。
円相場が固定相場(1ドル360円に固定されていた相場)から変動相場(日々、外国為替市場で決定される相場)に移行しようとしていた1970年代前半、円/ドルレートの数字が急に低下していくことで、円が暴落していると勘違いした人も少なくなかったそうである。







