警察という組織も例外ではなく、そのような権力構造がある。特命係という部署の存在自体がその産物だ。「島流し」と呼ばれる特命係への異動は、左遷の極致である。そしてそのことを逆手に取った特命係の八面六臂の活躍が、既存の権力関係を覆す『相棒』の物語的カタルシスの源になっている。
このへんは、『踊る大捜査線』でも描かれていた。東北大学出身の室井慎次が、東大閥が支配する警察のなかで出世を目指し、苦闘する。
しかし、警察と権力の話は、警察内部だけのことでは終わらない。一般企業とは異なり、警察はより強大な権力を付与されているからだ。
それはいうまでもなく、犯罪者を逮捕するなど犯罪を取り締まる権限である。一組織でありながら社会全体に対して行使することを許されている警察特有の権力であり、いくつかの例外はあるがほかの組織は基本的に有していないものだ。
権力は市民を傷つける刃にも
大物を守る盾にもなり得る
ただしそれゆえに、誤認逮捕からの冤罪のような権力の濫用につながる問題も起こり得る。
逮捕する場面や取り調べの場面において、警察は強圧的であってはいけない。かつての刑事ドラマの世界では、そうした場面で刑事が犯人に手荒なまねをしたり、恫喝したりするようなこともあった。
しかし最近は、たとえば取り調べも密室化するのではなく透明化が図られている。『相棒』にもこの問題を扱った回があるし、『緊急取調室』(テレビ朝日系、2014年放送開始)などは取り調べの透明化の流れを踏まえて生まれた作品だ。
その一方で、逆に権力を行使すべきときに行使しないという問題も起こり得る。
典型的なのは、政治家がかかわる場合である。汚職や不正を働く政治家が、警察との太いパイプを使って自らに捜査の手が及ばないようにする。『相棒』にも、初期から現在に至るまでよくそうした大物政治家が登場する。1話完結が基本の『相棒』だが、こうした政治家が事件に絡む場合、その回だけでは逮捕されずに終わることもある。根本的にはこれも、警察が犯罪に対する強い権力を委ねられているがゆえに起こる展開である。







