そうした権力の暴走や不作為に歯止めをかけるものがなければ、その社会は息苦しく生きづらいものになる。その歯止めとなるのが、法律である。民主主義社会において市民の基本的人権を保障する法は、本来一般市民の味方、後ろ盾になってくれるものだ。

『相棒』が突きつけるのは
社会秩序とは何か?という問い

『相棒』を見ていればわかるように、杉下右京は明らかにその法律の側に立つ存在であり、常に公平なジャッジであろうとしている。

 罪を犯した人間は、社会的地位・身分や貧富の差、出自の違いなどにかかわりなく法律に定められたことにのみ従って粛々と裁かれ、そして罪を償わなければならない。だから、警察官としてたとえ大きな権力を与えられているとしても、それを行使することは必要かつ最低限の範囲にとどめる。銃を持つことへの右京の忌避感は、この考えから来るものだろう。

 他方で、貧困などどんなやむを得ない事情があったとしても、犯人に同情することがあってはならない。また逆に、どんなに凶悪で狡猾な犯人であったとしても、怒りに任せて我を失ってもならない。法律は特定の人格を擁護したり排除したりするためにあるのではなく、誰にも平等に適用されるものであるべきだからだ。

 こうして、体制内反体制派とも言える特命係を置くことによって、『相棒』においては警察という組織が持つ限界と可能性はなにか?そして社会秩序を守るとは結局どういうことなのか?というテーマが自ずと浮かび上がる仕組みになっている。正解を示すのではなく、事件解決を通して根本的問いを提示する。その点にこそ、警察ドラマとしての『相棒』の真価はある。

 シーズン8第5話「背信の徒花」では、高速道路建設計画をめぐる利権絡みで殺人事件が起こる。

 被害者は、国土建設省の官僚・三島(村井克行)。官製談合の存在を知り、建設計画を食い止めようとひとりで抵抗した末に殺された。事件解決後、それでも建設計画が中止されず存続することを知った神戸(編集部注/杉下右京の2代目相棒・神戸尊)は、三島の抵抗は無駄だったのかと嘆く。それに対し右京は、「誰もがそう思うからこそ誰かが抗わねばならない」と答える。

 その言葉に神戸は「杉下刑事も同じ思いだったんでしょうか?」と問いかける。「はぁいー?」といつもの口調で返し、「僕はただ真実に興味があっただけです」と冷静を保つ右京。

 警察ドラマという側面から見た『相棒』での右京の立ち位置がよくわかる場面である。