実務能力とマネジメント力が
なかなか切り離せない日本企業

 スポーツの世界ではよく言われることですが、トッププレイヤーが名監督になるとは限りません。会社も同じです。勤務年数を基準にしつつ、必ずしも現場で優秀な人をマネジメントにシフトしなくても、現場が得意な人には、生涯現場で活躍してもらうエキスパートの道を用意すべきです。

 すでにこうした制度を導入している会社もありますが、まだ制度が整っていなかったり、仕組みはあってもうまく機能していなかったりすると、やはり年収を上げるためには管理職にならなければいけないということになってきます。先日話したある会社の部長も、次のように話していました。

「私はもともとクリエイティブ職だったのですが、会社からマネジメントをやってほしいと頼まれたんです。本当はプレイヤーとしてキャリアを積みたかったけれど、そうしないと収入も上がらないので、結局は引き受けざるを得ませんでした。管理職にならないと年収が増やせないという構造そのものがおかしいと、今でも思っています」

 プレイヤーとして優れた能力を持つ人が、本人が望まない昇進によって現場を離れるのは残念なことです。

■嫌われたくない

 部下の指導について、こんな悩みを聞かせてくれた「大課長」がいました。

「人事からは、部下への率直な指導とフィードバックを求められているが、ほかの管理職も同じ強度でやっているかわからない。自分一人が厳しくするとメンバーに嫌われそうで、損をする気がします」

 私はここにも、「大課長」問題の根深さが表れていると感じます。従来の問題にメスを入れるという方針を会社として決めたとしても、現場にはそれが浸透していきません。

「嫌われたくない」思いが
管理職業務の妨げになる

 多くの「大課長」と、経営陣と分断された一般社員によって、新たな戦略も頓挫しがちです。その状況が、戦略を理解している管理職にも、「横一線でなければ困る。自分だけが真面目にやるとバカを見る」と思わせているのです。

「嫌われたくない」「ぶつかりたくない」といった思いが強くなると、求められている管理職業務の遂行を妨げるおそれがあります。

「メンバーが『どうしたらいいですか』と頼ってきたら、やっぱり応えてあげたいじゃないですか。こうしたらいいんじゃないかとか、具体的なアドバイスをしてあげるようにしています」

 こうした意見もよく聞きますが、本来ならこれはもうメンバーに任せて、ある程度突き放してもいいところです。アドバイスをしてあげたい気持ちの裏には、自分が役に立っていると感じたいという欲求もあるはずです。よかれと思ってやっていたとしても、残念ながらこれは「『大課長』による各論への口出し」です。

 嫌われることをおそれて表層的な優しさに逃げてはいけません。管理職に必要な本当の優しさとは、メンバーに足りない要素をきちんと指摘する、真摯な姿勢なのです。