「そんなことないわよ!」
母の言葉が東大進学のきっかけに

 加藤さんは東京大学に進学するのだけど、その要因は母親の「ガラスの天井」にあったという。

 高校時代の加藤さんは学生運動の影響から樺美智子に思いを馳せるようになり、あるときに進路についての高校の先生との面談で「東大に行きたい」と口にする。するとこんな会話になったという。

「お前は勉強を全然していない。成績は下がる一方だ。いまのお前では東大なんて無理だぞ」

「先生、高校生にはやるべきことがあるんです。高校生は受験生ではない。浪人してもいい。私は卒業してから受験生をやりますから」

 それほど東大に進学したかったわけではなかったが、先生に見得を切った分、後に引けなくなった。

「それを父親に言うと、『東大なんか女が行ってもろくなことはない』って言うんです。するとうちの母はカチンと来たんでしょうね。『そんなことないわよ!』って。それで私の東大進学が決まったわけです。そういう意味では母がぶつかっていた『ガラスの天井』を、私が代わりに打ち破ったのかもしれません」

『女の“変さ値”』書影女の“変さ値”』(鎌田 實、潮出版社)

 加藤さんは大学在学中の1965年に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝し、歌手としてデビューする。

 当時の女性の大学進学率は5%程度。男ばかりの東大に進学しただけでも“異分子”だったけれど、そこから歌手になるというのはさらに道を外れていくことになる。

「計算はしていなかったけど、誰もやらないことをやるっていいことかも。面白いなと思ったらやる。私は女だからやりにくかったことは何もないです。男だったらもっと自由にできたかって言われても、そうは思わないわね」

 加藤さんのこうした考え方はとても素敵だ。彼女は、女性であることをハンディキャップとして捉えていなかった。彼女の人生には「ガラスの天井」は存在しなかったのである。