鎌田實氏と村木厚子氏 写真提供:潮出版社
「やったのか」と父に問われ、「やっていない」と答えると、返ってきたのは慰めでも励ましでもなかった――。2009年の「郵便不正事件」で、当時厚生労働省の局長だった村木厚子氏は無実の罪で逮捕されるが、その後、無罪を勝ち取る。障害者雇用や少子化対策、働く女性の支援など、日本社会の変化の最前線を歩み続け、のちに女性として2人目の事務次官に就任した。その揺るがない強さは、どこから生まれたのか。医師で作家の鎌田實氏が、村木氏へのインタビューを通して、その信念と人生観の源泉に迫る。※本稿は、医師の鎌田 實『女の“変さ値”』(潮出版社)の一部を抜粋・編集したものです。
村木氏の価値観を形作った
教育熱心な父からの教え
村木さんが国家公務員になった背景には、教育熱心な父親の存在があった。子どもの頃に父親から言われたことがいまも鮮明に記憶に残っているという。
「勉強を頑張っても褒めてあげない。なぜなら、勉強は自分のためにするものだからだ。お手伝いをしたら褒めてあげる。父親はそう言うんです。私が就職するときにも、同じようなことを言われましたね。出世しても褒めてあげない。仕事もしっかりやった上で、家庭を築いたら褒めてあげる、と」
他者のために、社会のために生きる――家庭教育によって、その価値観は築かれたのだろう。村木さんは父親が望むとおりに仕事でも結果を残し、立派な家庭を築いた。その分、村木さんが逮捕されたときには、父親は相当なショックを受けたはずだ。
「逮捕されて、一番何が嫌だったかというと、父親が悲しむだろうなと。報道がいっぱい流れた頃に父親から電話があって、ひとことだけ“やったのか”って言われて。私が“やってない”と答えたら“だったら徹底的に闘え”と」







