俳優の高嶋政伸氏 (C)新潮社
芸能一家に育った高嶋政伸氏は、宝塚歌劇団のトップスターだった母・寿美花代と映画監督・小津安二郎の思いがけない交流を知ったことをきっかけに、偉大な両親の歩みをあらためて見つめ直すことになる。家族しか知らない秘話と、名優を育てた芸への向き合い方をユーモアたっぷりに綴る。※本稿は、俳優の高嶋政伸『おつむの良い子は長居しない』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
実家に眠っていた
思わぬ“お宝”とは
僕の実家のリビングの棚には一枚の小汚い色紙が無造作に置かれておりました。20代で家を出て一人暮らしを始めて以降も、相変わらずその小汚い色紙は棚に置かれてあり、僕も相変わらず何の興味も示さず実家に出入りしておりました。
ちょうど30歳になった頃に、テレ東の『開運!なんでも鑑定団』に出演するため、お宝を探すことになり、ふらふらと実家に行きました。リビング横の食堂で、母は焼き芋を食べていました。なんか、お宝ある?と聞くと、どやろうねー、と芋を食べる手を休めず母は答えます。
実家は父の版画でいっぱいで、これじゃなあ、とだらだら眺めていますと、例の小汚い色紙が目に入りました。見れば達筆な字が書いてあります。よっこらしょと目を凝らすと、
「楽しきハ おゝ宝塚 寿美花代 その幕間にカレーライス食ふも 小津安二郎」
ん?
「楽しきハ おゝ宝塚 寿美花代 その幕間にカレーライス食ふも 小津安二郎」
ん?ん?ん?
恐る恐るその色紙を手に取ると、ぼろぼろになった紙に青いインクでそう書いてあります。息が荒くなってまいりまして、その色紙を手に、芋食う母の元に行きました。







