「AIがさらに進化したら、人間にできることは残るの?」と不安はありませんか。本記事では、将来の予測シナリオを交えながら、あえて人間が担うべき「ノスタルジック・ジョブ」を解説します。人間ならではの価値を見出し、不安を解消しましょう。

AIがすべてを代替する未来は来るのか? 人間があえて残すべき「ノスタルジック・ジョブ」とはPhoto: Adobe Stock

AIはこれからどのように進化するのか?

 この先の未来には何が待っているのだろうか? AIがもっと進化したら、どんな経済社会になるのか? 私たちの仕事はどうなるのか? そもそも人間にできることは、どこまで残るのか? こうした問いは、技術進歩と共に、多くの人々の関心を集めている。

 特に注目すべきは、人間のあらゆる知的作業を理解し、学習し、実行する能力を持つAI、すなわち汎用人工知能(Artificial General Intelligence:AGI)の登場である。AGIは、人間の知能を広範囲にわたり模倣・代替するものであり、これが実現したとき、私たちの経済社会、雇用、暮らし方に大きな影響を与える可能性がある。

 もちろん、現時点のAIには限界がある。たとえば、AIは画像認識や文章生成など特定のタスクにおいては人間を上回る能力を示すこともあるが、常識判断や倫理的判断、文脈理解、感情の読み取りといった領域では、まだ人間には遠く及ばない。

 AIが「理解している」ように見えても、それはあくまで大量のデータからの統計的パターンに基づくものであり、真の意味での理解に至っているわけではない。

 こうした限界が存在することから、AIに対しては社会的な不安と期待が入り混じった議論が続いている。

 しかし、その限界も時間の経過と共に変わる可能性がある。実際、AIの進化は著しく、将来的には人間と同等、あるいはそれ以上に知的作業をこなせる時代が来るかもしれない。

「AIのゴッドファーザー」と呼ばれ2024年にノーベル物理学賞を受賞した、トロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授は「AIが人間よりも賢くなる可能性がある」と述べ、AGIの登場が今後5年から20年のうちに起こりうると警鐘を鳴らした。

 では、私たちはこのような未来に対して、どのように備えるべきなのだろうか?

 もっとも、こうした問いに対して確実な答えを出すことはできない。それは、未来は一つではなく、AIの進化のスピード、社会制度のあり方、そして私たち一人一人の選択によって大きく変わるからである。だからこそ、私たちは一つの道筋を予測するのではなく、複数の可能性に備える必要がある。

 ここで重要となるのが「シナリオ・プランニング」という手法である。これは、将来の出来事を一つの予測として描くのではなく、不確実性を前提として複数のシナリオを想定し、それぞれにどう対応すべきかを考えるための方法である。

 AIに対するシナリオ・プランニングの代表例が、バージニア大学のアントン・コリネック教授らの研究である。コリネックは、AGIの登場をめぐる不確実性を前提に三つのシナリオを提示している。それぞれのシナリオは、AIの進化スピードとその社会的な影響に応じて、経済成長、雇用、賃金といった指標がどのように変化するかを描いている。

 第一のシナリオは、「これまで通りのあり方」である。このシナリオでは、現在の技術進歩のペースが今後も続き、AIは毎年少しずつ新しいタスクを自動化していくが、AGIのような形ですべての仕事を一気に代替することはない。

 第二のシナリオは、「緩やかなAGI」である。これは、AIが今後20年ほどかけて徐々にAGIへと進化し、最終的には人間が担うすべてのタスクを自動化できるようになるという未来である。

 そして第三のシナリオは、「5年後にAGI」である。このシナリオでは、AGIの登場が目前に迫っており、今後5年以内にすべてのタスクが自動化されると仮定されている。

 つまり、三つのシナリオの違いは、AGIが登場するかどうか、そして登場するとすれば、それが20年後なのか、5年後なのかという点にある。

AIがすべてを代替する未来は来るのか? 人間があえて残すべき「ノスタルジック・ジョブ」とは図 生産高と賃金のシナリオ
出所:Korinek, A. (2023) “Scenario Planning for an A(G)I Future,” IMF Finance & Development, 60(4): 30-33 (https://www.imf.org/-/media/files/publications/fandd/article/2023/december/30-33-korinek-final.pdf).

 図は、AIの発展に応じて生産高と賃金が三つのシナリオでどのように推移するかを示したものである。

 注目すべきは、いずれのシナリオにおいても、生産高はAIの進化と共に急増していくという点である。ただし、AIの進化のスピードが速ければ速いほど、生産高の伸び率も大きくなる。

 一方で、賃金の動きはより複雑であり、AIの進化と深く関係している。従来的なシナリオ(シナリオ①)では、賃金はAIとの補完関係のもとで上昇を続けると予測されている。これは、AIが人間の生産性を高める役割を果たすため、労働の価値が維持されるからである。

 しかし、シナリオ②やシナリオ③では、最初のうちは生産性の上昇に伴って賃金も上がるが、その後、AIによるタスクの自動化が進み、人間の労働の希少性が失われていくことで、賃金が急激に減少する局面を迎える。

 この減少は、AGIがまだ完全には実現していない段階から始まるとされており、まさに「AIによる部分的な代替」が人間の賃金を押し下げる要因となる。

 では、これらのシナリオはどの程度現実的なのだろうか? コリネックは、不確実性は極めて高いものの、各シナリオが実現する確率は10%以上あると見積もっている。

 ここで改めて考えたい問いがある。それは、果たして、すべての仕事がAIによって代替される未来は本当にやってくるのか? である。

 現時点では、AIは画像認識や文章生成といった特定の領域で驚くべき成果を挙げている一方で、常識的な判断や文脈理解、人間との感情的なやりとりといった点では、なお課題が残っている。また、技術的に可能であっても、社会的にそれを受け入れるかどうかは別問題である。

 こうしたAIの限界や社会的受容性に対する懸念をふまえたとき、「すべての仕事が本当にAIに取って代わられるのか?」という問いは、単なる技術的予測にとどまらない。そこには社会の価値観や選択が深く関わってくる。実際に、技術的には可能であっても、「人間にやってほしい」と思われる仕事が社会には存在している。

 コリネックは、このような仕事を「ノスタルジック・ジョブ」と呼んでいる。たとえば、裁判官や警察官のような、正義と秩序を扱う職務において、すべての判断を機械に任せることに私たちは納得できるだろうか? あるいは、牧師や教師のように、感情や価値観に寄り添い、人間としてのつながりを重視する仕事を、機械に任せることが果たして適切なのか?

 こうしたノスタルジック・ジョブの存在は、単なる懐古主義ではなく、人間らしさに基づいた社会の選択である。社会が「あえて人間が担うべき仕事」を選び取り、制度的に保護・支援することで、雇用の維持や賃金の下支えにもつながるだろう。

 つまり、技術の進化に対して受け身になるのではなく、何をAIに任せ、何を人間に残すのかを主体的に決めていくことが、持続可能な未来社会の構築に不可欠なのである

(本稿は、『AI大格差』(日本評論社)の一部を抜粋・編集したものです)