「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく

「インドは安い」は10年前の話。フォーチュン 500企業では特許の25%以上をインドのGCCが生み出す今、日本企業だけが乗り遅れている理由Photo: Adobe Stock

世界はインドを「第二の本社」にし始めている

 世界の主要企業は今、インドに「第二の本社機能」ともいえる拠点、GCC(グローバル・ケイパビリティ・センター)を築いている。単なる開発拠点ではない。研究開発やAI、プロダクト設計など、本社が担ってきた中核機能を担う拠点である。

 現在、インドには1,700社を超えるGCCが設立されている。ところが日本企業のGCC数は約50社(2024年時点)にとどまり、米国の1,090社と比べると桁が違う。

 前回の記事でこの数字を紹介したところ、多くの読者から「なぜ日本企業だけがここまで少ないのか?」という反応をいただいた。今回は、その「なぜ」を考えたい。

GCCは「安く使う」話ではない

 まず、根本的な誤解を解く必要がある。

 GCCをBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の延長で理解している人は少なくない。「インド人に安くやってもらう」という発想だ。

 しかし、これはオペレーション層の外部化であり、昔からある話に過ぎない。コールセンターや経理処理を低コストの拠点へ移す。20年前から行われてきた取り組みだ。

 GCCが今、世界で注目されている理由はまったく違う。

 ガートナー社の2025年調査によれば、フォーチュン 500企業のうち13社が、インドのGCCから全社特許の25%以上を生み出している。つまり、世界のトップ企業は、インドのGCCをイノベーションを生み出す拠点として位置づけているのである。

 これはコスト削減の話ではない。現代のGCCが担っているのは、AI開発、R&D、プロダクト設計、データ分析基盤の構築など、「価値を創出する領域」、いわゆる企業の競争力を支える中核機能である。そのケイパビリティを強化・拡張するためにGCCをつくる。これが現代のGCCの本質である。

GCCを機能させるための条件

 では、なぜ日本企業のGCC設立は進まないのか?

 答えは一つだ。「この機能をGCCへ渡す」と決めるには、組織がモジュール化されていなければならない。モジュール化とは、機能ごとに責任範囲、インプット、アウトプットが明確に定義され、一つの機能として切り出せる状態を指す。つまり、特定の機能だけを切り出して他の組織へ渡せる状態である。

 世界の主要企業がGCCを使いこなせる理由はここにある。「インドチームに何を任せ、何を本社に残すのか。」その境界線を明確に引けるからだ。

 逆に言えば、GCCへ渡す機能を特定できない組織は、そもそもGCCをつくれない。

 仮につくったとしても、「何を任せればよいのか分からない」という状態になる。実際、日本企業がインドに拠点を設けても、本社からの指示が曖昧で現地チームが十分に力を発揮できないという話は珍しくない。

日本企業の強みの裏側にある弱さ

 日本企業の多くは、インテグラル型(すり合わせ型)の組織設計を得意としてきた。部門ごとの役割を厳密に分けるのではなく、小集団がお互いに調整しながら価値を生み出す。

 製造業における「匠の技」や「現場の知恵」は、この仕組みから生まれてきた。これは日本企業の強みであり、否定すべきものではない。

 しかし、その強みの裏側には構造的な弱点もある。機能の境界線が曖昧だからこそ、すり合わせが機能する。言い換えれば、「どこからどこまでが一つの機能なのか」が定義されていない。

 だから、切り出せない。外部化できない。GCCへ何を渡すか決められない。

 つまり、日本企業がGCCを使いこなせない理由は、自社の組織設計にある。機能の境界が曖昧であることを前提として動いているからこそ現場で柔軟に価値を生み出せると同時に、特定の機能を切り出して外部に渡すという発想とは根本的に相性が悪い。

「やらなくていい企業」と「やるべき企業」の分岐点

 決して、すべての日本企業がGCCをつくるべきだと言いたいわけではない。小集団によるすり合わせ型のイノベーションが競争力の源泉である企業にとって、その機能を外部化することは本末転倒だ。

 ただし、グローバルに戦う企業には、以下の二つの問いへの答えが求められる。

 ◆第一の問い:自社のコア機能はどこか?
 → 小集団によるすり合わせで価値を生む部分。ここは守る。外へは出さない

 ◆第二の問い:コア機能を支えるケイパビリティはなにか?
 → AI開発力、データ分析力、プロダクト設計力など。ここは必ずしも内製にこだわる必要はない。GCCを活用するという選択肢がある

 この二つを区別する思考こそ、拙著『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』で論じている、「何をやるかではなく、何をやらないかを設計する」という発想の、最も具体的な応用例の一つだ。

 GCCを機能させられるかどうかは、企業の戦略設計力を測る試金石なのである。

生成AIでもまったく同じことが起きている

 ここまでGCCの話をしてきたが、最後に一つ付け加えたい。この構造は、生成AIの活用でもまったく同じである。

「生成AIを導入したものの、使いこなせない。」そんな声を多くの企業で耳にする。ツールは導入した。しかし、「誰が」「どの仕事を」「どのレベルまでAIへ任せるのか」が決まっていない。だから現場は戸惑い、成果も出ない。

 これはGCCとまったく同じ構造である。タスクを切り出せない組織はAIも使いこなせない。機能を定義できない組織はGCCも機能させられない。

 根本にある問いは同じだ。

この仕事の、どの部分を、誰(何)へ任せるのか?

 この問いに答えられない組織は、どんな外部リソースも競争力へ変えられない。

 GCCも生成AIも、結局は組織の戦略設計の問題なのである。その設計図を描けるかどうかが、これからの10年で企業の命運を分けることになるだろう。

坂田幸樹(さかた・こうき)
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。