送球エラーが繰り返されて数カ月が過ぎ、私は自分のキャリアが危ういと確信した。問題に取り組めば取り組むほど、事態はどんどん悪化した。何かに一生懸命に取り組めば乗り越えられるというのが通説だが、自分には当てはまらなかった。
私もチームもあらゆることを試した。ドジャースの幹部は、真昼間の誰もいないドジャーススタジアムに私を呼び出し、二塁に立たせて目隠しをした状態で一塁に球を投げさせた。目隠し状態で1回もエラーなしに一塁に投げられていたのに、試合ではどうしてもうまくいかなかった。》
将来有望なアンキールが
突如ワイルドピッチを連発
1997年、フロリダ州のポートセントルーシー高校出身のリック・アンキールは、USAトゥデイ紙によりその年の最優秀高校生選手に選ばれた。彼はセントルイス・カージナルスにドラフト指名され、250万ドルの契約金を受け取った。
1999年、20歳のときに彼はメジャーリーグにデビューし、2000年にはメジャーリーグでフルシーズンの活躍をした。その年は素晴らしい成績で、194人の打者から三振を奪った(ただし90人の打者に四球を与えていて、どちらのスタッツもトップ10入りだった)。アンキールは2000年のナショナルリーグの最優秀新人選手賞の次点になった。スティーブ・サックスが受賞した18年後のことだ。
カージナルスの監督トニー・ラルーサは、ナショナルリーグシリーズでのシカゴ・カブスとの地区プレーオフ第1戦で、20勝を挙げているエース投手のダリル・カイルではなく、新人のアンキールを先発投手に起用した。アンキールの投球は順調だったが、3回表で投げた球が捕手の脇を抜けてバックネットに当たる暴投となった。
数球投げた後で、彼は再び暴投した。そしてさらに暴投した。中には、あまりに捕手の守備範囲から外れすぎていて、捕手がグラブを当てることができない投球もあった。監督は彼を降板させた。アンキールの暴投はあったものの、カージナルスはシリーズを制して、ナショナルリーグ優勝をかけてニューヨーク・メッツと対戦することになった。
数日後、ラルーサ監督はメッツとの第2戦でアンキールを先発投手として起用した。彼は四球で打者を2人歩かせ、さらに暴投を重ねて、その回を3分の2投げたところで再び降板させられた。







