三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第93回は、プレゼンなど人前で話す際に「緊張しないコツ」を伝授する。
「イップス」とどう向き合うか
道塾学園創業家の御曹司・慎司とのFX(外為証拠金取引)対決で、主人公・財前孝史は100倍の高レバレッジの取引に踏み出す。だが、以前の大失敗のトラウマが足かせとなり、的確なタイミングで取引画面をクリックできないスランプに陥ってしまう。
精神的なプレッシャーで普段通りに体が動かせない。そんな経験は誰にでもあるだろう。その極端な例がスポーツ選手の陥る「イップス」だ。
最初にイップスという症状が知られるようになったのはゴルフ、特にパッティングのトラブルだった。スムーズにパターを振れていた選手が突然、ぎこちないパッティングしかできなくなり、極端なショートやオーバーを繰り返してしまう。酷い場合にはパターが全く動かせなくなる。
イップスは、ゴルフ以外にも野球やテニス、卓球、アーチェリーなど幅広い分野で見られる。アスリートが引退に追い込まれるケースもある。
趣味のビリヤードで、私もイップス気味の症状に悩まされたことがあった。「止まっている球を誰にも邪魔されずにショットする」という点で、ビリヤードはゴルフに似ている。最悪期は大事な場面になると右腕が固まってキュー(棒)が球に届かない、という状態になった。そこから無理やりショットするのでミスばかり。自然と足が遠のいた。
ビリヤードで食っているわけでもないし、もうやめようかとも考えたが、ふと、仕事でプレッシャーがかかった時の対処法が応用できるのでは、と思いついた。
共演したアナウンサーの「魔法の言葉」
今でこそ人前で話す仕事をやっているが、入社して1年半ほど、特に上司の前で企画や記事をプレゼンするのがとても苦手だった。緊張して声が上ずり、うまく話せなくなってしまっていた。入社直後に入った取材チームの「ご指導」が厳しく、会議で何度もこっぴどくやり込められた後遺症だったのだろう。
その頃、私が編み出した対処法のひとつが「終わった後の自分を想像する」というものだった。会議でのプレゼンなら、無事に終わってスッキリしている自分を思い浮かべる。「終了場面」をできるだけ具体的にイメージする。
そこから逆算するようにプレゼンの内容や手順を考え、入念に準備する。本番直前になったら、脳内に録画済みの終了場面を再生すれば、失敗するイメージを押しやれる。なぜなら「もう、終わっている」のだから。
プレゼン版イップスを乗り越えてからは、徐々に場数を踏み、今ではある種の諦念のような境地に達している。うまくやろうという気持ちを捨てて、自然体で話す。どうせ「自分以上のモノ」は本番では出ない。詳しくは私のnote記事「人前で話すの、苦手ですか?」をご参照願いたい。
ここ2年は「始まれば、必ず終わる」という心構えも身に着けた。これは2022年春のニュースキャスター登板初日に、共演したテレビ東京のアナウンサーの片淵茜さんが授けてくれた魔法の言葉だ。口に出して唱えると、ちょっとおかしくて、心が軽くなる。
ちなみにビリヤードでは、「ショットを終えた後の自分を具体的にイメージする」という対処法でイップスは軽減し、今も楽しく球を転がしている。